大正時代の終わりから、少年雑誌の中心的存在は、「少年世界」(博文館)から、「少年俱楽部」(大日本雄弁会講談社)に移っていきます。その「少年俱楽部」の付録として発行されたのが、「少年極意寶典」、「おもしろブック」などの題名を付けた、いわゆる「手品ブック」の小冊子です。河合勝氏が編纂した「日本奇術目録2001」によると、昭和4年(1929)に発行された「少年世界」の付録-「奇術種明かし」が、「手品ブック」の最初のようです。
戦前(1945年以前)の附録のマジック本は、その多くが(大日本雄弁会)講談社から発行されています。私蔵する附録の中で、一番早く発行されたのが「少年極意種明かし」<図1左>(少年俱楽部附録・昭和9年(1934)11月発行、70種、80頁、大日本雄弁会講談社)です。
「犬を早く馴らす秘訣」(食べ物に自分の唾をつける、頭や喉をさする)、「坂道や石段を楽に登る法」(「く」の字を書くように、ジグザグに斜行登りを繰り返す)等の、生活や科学の知恵が中心ですが、「小さな孔から大きなものを出す法」<図1右>や、「ハンカチの両端を持ったま々結目を作る法」<図2左>など、今でも手品本に載っているマジックの種も紹介されています。それぞれの「極意」には執筆者の名前が書いてあります。
当時有名だった奇術研究家の阿部徳蔵は、マジックではなく、「遠方の灯が来るか行くかを知る秘訣」<図2右>として、遠くの灯りが、目の前に置いた手のひらの上(遠くへ)と下(近くに)のどちらに動くかで、見極める方法を書いています。
<図3>「おもしろ豆戦艦」(少年俱楽部附録・昭和10年(1935)9月発行、66種、96頁)は、マジックの種も多く記載されていますが<図4>、次第に軍事色が強まって行く世相を反映し、その表紙(豆戦艦)に違わず「捕虜の脱走」、軍事探偵の「隠しインキの作り方」<図5>などの項目が現れます。
<図3>
「おもしろ豆戦艦」 |
<図6>「東京通信・少年極意寶典」(少年俱楽部附録・昭和11年(1936)7月発行、53種、56頁)
<図6>
「東京通信・少年極意寶典」 |
<図8>「おもしろ遊戯ブック」(少年俱楽部附録・昭和12年(1937)11月発行、44種、82頁)
この本は、手品中心の編集に変わっています。「旗あて<図9>」などは、戦後に「松竹梅」の扇子の中、1本を袋に入れて紐で縛ってもらい、それを当てる手品として商品化されています。
<図8>
「おもしろ遊戯ブック」 |
戦前の附録マジック本に共通するのは、奇術の種明かしよりも、生活の知恵(血止めの極意、疲れない急ぎ方、くしゃみを止める法等)が、記事の多くを占めることです。これは江戸時代の奇術伝授本(種明かし本)にも見られるもので、例えば有名な「秘事百撰」(嘉永五年刊-1852年)には、奇術の種明かし以外に「のどに刺さった骨を取る法」、「しゃっくりを止めるまじない」、「酔い覚ましの法」などが載っており、その流れを汲んでいるのではないかと思われます。
戦後になると、付録の手品本の中味はがらりと変わり、実用的なマジックを、絵や漫画で、丁寧に種明かしをする小冊子となっています。小学館の他、講談社、集英社、旺文社や学習研究社などの学生図書の付録として出されています。手品の指導・監修者としては、石川雅章(天勝一座の元文芸部長)、高木重朗(奇術研究家)、上野景福(TAMC会長)、柳沢よしたね(奇術研究家)などの名が見られます。
<図11>「おもしろ手品集」(表紙-表・裏、小学六年十月号ふろく・昭和24年(1949)10月発行、30種、32頁、二葉書店)
手品だけ30種を集めた種明かし本で、内容も本格的なものを含んでいます。出版社は児童雑誌「小学○年生」を刊行した小学館(千代田区神田一ツ橋)ではなく、昭和20年代前半に「小学○年」、「初等二年」や児童図書を出版した、今は無き二葉書店(北区稲付町)です。
<図11>
「おもしろ手品集」 |
「東西、東西、ここにごらんにいれますのは、和洋手品のトラの巻・・・読者の皆さん学校の、演芸会の会場で、あっといわせるおもしろさ、さあさあ手品の種あかし、お友だちには、ないしょ、ないしょ」の書き出しで始まります。
<図13>「奇術ブック」(中学生の友2年7月号付録・昭和33年(1958)7月発行、28種、64頁、小学館)
ちょっとしゃれたデザインの小本。中学生向けの実用的な手品が、使用する道具ごとに、食卓品、ハンカチ、おかね、ひも、カードに分かれて解説されています。
<図13>
「奇術ブック」 |
<図15>「やさしい手品と種あかし」(幼児と保育・12月号付録・昭和45年(1970)12月発行、岡田康彦編、32種、66頁、小学館)
手品本とは思えない幼児と子犬の表紙、月刊雑誌「幼児と保育」の付録です。「誕生会、クリスマス会を楽しくするために」と銘打って、幼児を抱えた母親向けの手品を掲載。食べものを使った手品がユニークです。監修の岡田は十数冊のマジックの実用書の著者。
<図15>
「やさしい手品と種あかし」 |
<図18>「大魔術入門」 (小学三年生11月号付録・昭和51年(1976)11月発行、59種、192頁、小学館)
イリュージョンも含めて、漫画で解説したマジック本で、この付録だけで単行本に出来るボリュームです。
<図18>
「大魔術入門」 |
<写真21>「マジックブック」(小学二年生1月号ふろく・昭和61年(1986)1月発行、15種、96頁、小学館)
ドラえもん、のび太くん、のんきくん、のストーリー漫画で解説しています(作画は松田辰彦、村田ヒロシ)。
<図21>
「マジックブック」 |
このような附録の「手品ブック」を読んで、どれだけ多くの子供たちが胸をワクワクさせ、一生懸命に練習をして、手品で友達たちを楽しませたことでしょう。