これは、石井ブラック(注1)が英国のMagician Monthly誌の1914(大正3)年11月号に載せたBowl of Rice and Flower Trickで解説されている。明治時代に演じられていたものが説明されているが、実際にいつ頃まで遡って演じられていたのかは定かでない。
前段の現象は、現在に伝わっているものと全く同じである。即ち、二つの空のボウルを見せ、一方に米を平らに入れて他方で蓋をし、持ち上げて揺すると米が倍増するのであるが、後段が異なっていて水は出てこない。蓋を取ると二つの茶碗からそれぞれ花が出てくるという現象になっている。
仕掛けは一方の茶碗に内蔵されている。バネでポップアップする花束を茶碗の底に貼り付けるように押したたみ、もう一つのバネ花は薄い鉛板(茶碗の口のサイズに一致するサイズ)に貼り付け、それを逆さにして先ほどのバネ花が入った茶碗の口をふさぐように重ねたら、鉛板の周囲は茶碗の縁に嵌まるようにワックスで固定する。二つの花をこのように仕込んだタネの茶碗と仕掛けのない茶碗と一緒にあらかじめ卓上に伏せておくのである。
はじめ、仕掛けのない茶碗を取り上げてお米を入れて摺切りにし、仕掛けのある茶碗で蓋をしてから全体をひっくり返して開けると山盛りに増えるというわけである。再び摺切りにして同じように二つを重ねひっくり返すが、この二度目は上の茶碗を開ける時、鉛板を縁からはがして内蔵してあった仕掛けを下の茶碗に落として双方から花束が出たように見せるのである。
このやり方で最大の欠点は仕掛けのある茶碗の内側を見せられないことであろうか。
度重なる文化遺産の破壊のためか中国には古い文献がほとんど残されていないとされる。そんな中、広範な手品を収めた解説書として『中外戯法図説』という貴重な小型書が存在する。光緒15(1889)年刊であるが、ここには秘事秘法や護符の類も含めて320種が記され、その約半数に奇術が当てられており中国伝来の奇術の集大成といえるものになっている。そしてこの中に「お茶碗から思いがけないものが出てくる」という現象が解説されている。
「雙碗堆花」とタイトルされたその手品は、その名の通り二つの茶碗を使い、中から花が出てくるという現象である。正確には、最初、茶碗には大きな一つの銭(コイン)が入っていて、これに他の茶碗で蓋をし、両手で揺すって開けてみると双方の茶碗から花束が出てくるという手品である。元々コイルバネを仕込んだ花を茶碗の底に畳みこんでおき、これをコインとして示すところから演技がはじまる。
実は『中外戯法図説』にはこれ以外にもお茶碗を使った手品が描かれているが「米が倍増し水が出るライス・ボウル」は収録されていない。ということは当時まだライス・ボウルはなかったということになろう。ただ二つの茶碗から花束が現れるという現象が『中外戯法図説』に描かれていたことは驚きである。最初花束をコイン状に畳んで開かないようにしておくのに米粒で接着しておくというのも興味をそそられる。
注1:ブラックは豪州生まれで英国人の両親に連れられて5歳の頃来日し、寄席に出入りしながら巧みな下町言葉で快楽亭ブラックの名で人気者になった講談師である。後年日本に帰化したが、手品や催眠術にも取り組んだとされ、また寄席芸界の改革にも関心が高かった。