松山光伸

手品の裾野を広げ多くのファンに
敬愛されたM・ガードナー(4)

タネ明かしの是非

 科学雑誌とはいえ、サイエンティフィック・アメリカンという一般読者が読む雑誌でマジックの解説をすることについては当然のことながら問題視する人がでてくる。マジシャンの間では、サカー・トリック (注1) などの特別な場合を除いて種明かしは不可という暗黙のルールがあるからだ。

 マーチン・ガードナーと初めて個人的に会うことが出来た77年、正に米国でそのことが大きな論議の的になっていることを体感した。当時は、全盛期のダグ・ヘニングがブロードウェーで演ずるザ・マジック・ショーやラスベガスでデビューして間もないシークフリード&ロイなどが話題になっていた時期である。それらをこの目で見、マジシャンの集まりにも参加してみたいと思っての初渡航の時のことである。そして出来ればそれまで5年ほど文面でやりとりのあったガードナーとも会えないものかと手紙でアポイントをとってニューヨークで落ち合うことにした。

 初めての英語での一人旅でもあり、ガードナーとは話がほとんど通じなくても会えるだけで十分と思っていたが、出会った彼はその日ジェームズ・ランディと一緒だったこともあって幸運にも近くのレストランで3人だけでひと時を過ごすことができた。

 若干の手品を披露しながらユリゲラーに関する話に及ぶと、ランディはゲラーのトリックを説明してくれたり、またテーブルにあったフォークでスプーン曲げならぬフォーク曲げを即席で演じて見せたりしてくれた。まったく準備がない中での妙技に酔いしれるとともに、ガードナーとの接点も深まる至福の一時になったのは言うまでもない。

 ところが、驚いたのはそのあと行ったラスベガスでのことだ。ダニエル・クロスやポール・ハリスらと出会って時間をともにしていた際に、ガードナーやランディと会った話をした途端、二人の口からは「彼らが一般の人に解説しているのは種明かしに他ならない」というネガティブなコメントが出てきたのである。一般論であればこの種の感想はよくあるもので驚くほどのことはないが、続けて「超能力といえども演出の一つと考えるべき」とゲラーのやり方を肯定的に見る言葉が出てきたことに大きな違和感を覚えたのである。

 演出に関する米国のマジシャンの意識はこんなにまで進んでいるのかと思いながらも、どう反応していいものか当惑するばかりだったが、実は米国でも当時意見が二分していたのである。

アイデアの盗用やコピー問題への発展

 一般紙でマジックを解説することの問題に限らず、海賊版コピー商品の問題やモノマネ演技の是非など、80年代を通じて折に触れ話題になっていくが、特に、90年になって米国のINSIDE MAGIC紙という月刊のニューズレター(現在の「MAGIC」誌の前身)の紙面で俄然大きな論争が始まる。そのきっかけは、ブルース・サーボンが ”Ultra Cervon” という本を出した際に「ここで解説したものはテレビで演じたり著者より先に演じたりしてはならない」と注意書きを付けたことに端を発した。マジシャンの間で知られたトリックを一般向けに解説していいのかどうかというそれまでの視点にとどまらずに、マジシャン向けに解説したものといえどもそれを読んだマジシャンは演じてはならないというのである。

 これには非難の声が多く挙がった。著作権とか、アイデアの権利、演技する権利、パテントなどマジシャンにとって様々な形で影響が及ぶことになりかねないからで、多くの第一線の奇術家を巻き込む論争になったが、ここでは主題から離れていくのでその個々の論点を紹介するのは省略しておきたい(注2)

 ガードナー自身はこの論議でヤリ玉にあがることも、議論に参加することもなかったが、結論的には、既存の文章のかなりの部分をそのまま盗用するようなものでなければ一般向けにマジックを解説することは問題のないことが再確認されている。ましてやガードナーの場合は科学や数理の理解促進に向け、独自の切り口でマジックを取り上げていて、それによって健全なマジック愛好家が増え、科学への啓蒙にも資するという計り知れない効用を生み出しているといっていいだろう。ちなみに商品化されたマジック用具も、一旦売られたり知られたりしたあとでは類似のものが出ても法的な保護の対象にはなりにくいのが現状である。これはリバースエンジニアリングという概念が法律的に許容されているからである。(注3)

ガードナーが心していたこと

 この論争が行われていた頃、ガードナー自身の考えが知りたくなり、氏に「一般の読者向けに手品の解説をする時の心構え」を聞いてみたことがある。その言葉を最後に紹介しておきたい。

「一般の人を対象にしている雑誌や本に手品のやり方を書く場合、私としては、プロが演じているものは避けるようにしています。ただ、一般的なもの、例えば、コイン、カード、ハンカチといったもので出来るプロがやらない即席風の簡単なトリックについては解説しても許されると考えます。注意すべきはステージ・イリュージョンの種は明かしてはいけないことです。一方『簡単なトリックだとしてもその原理がプロの演技でも使われている以上は公にすべきでない』という論議もしばしばあります。ただ、ここまで行くと行き過ぎです。もし、多くの子供が手品にアクセスする手段を持てなくなったら、マジシャンになる唯一の方法は、プロに弟子入りして教えてもらう以外なくなり、そのような時代に逆戻りしてしまうことになるからです」。


注1 失敗してタネを見せてしまったと思わせ、実は意表をつく結末が待っている手品。

注2 「奇術と著作権の関係について」(『ニューマジック』Vol. 32, No. 2, 1991以降の各号、邪宗門奇術クラブ)と、「オリジナリティと権利」(『ワン・ツー・スリー』Vol. 1, No. 1, 1993以降の各号、社団法人日本奇術協会)に論争の顛末と法的な検討等を連載で解説。

注3 市販された商品や製品を分解して理解した上、同様のものを作ること。子供がオモチャを分解して学ぶことと同義であり合法とされている。但し、プログラム等のソフトウェアの場合は言語記述であるため著作権で保護されている部分が多く注意を要する。

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