松山光伸

手品の裾野を広げ多くのファンに
敬愛されたM・ガードナー(3)

サイエンティフィック・アメリカン

サイエンス
サイエンス

 ”Mathematics, Magic and Mystery” が世に出た1956年の年末、Scientific Americanという一流科学誌に彼のコラムが掲載された(1956年12月号)。どのような経緯でこのコラムを受け持つことになったのかはわからないが、この記事を目にした編集長は即座にガードナーに連載での執筆を依頼し、その名もMathematical Games(数学ゲーム)という表題に改め、後に伝説的とも言われるこの連載がスタートする。

 手品やパズルを中心としたそれまでの著作から、数理や科学一般の最新トピックの解説に重点を移したこのコラムを引き受けた背景には1952年の ”In the Name of Science”(科学に名を借りて)で注力した啓蒙活動に通じるものを感じたからに違いない。
 難しい数理や科学の知識を一般読者に判りやすく伝えようと、彼は、リクレーショナルな話題を織り込んだ読み物に仕立て上げることに注力する。そしてこの連載は各分野から熱烈な読者を獲得することとなり、ほどなく同誌の看板記事になるのである。そして多くの読者が次号の発売を心待ちにした彼のコラムは結局1986年5月号まで約30年の長きにわたって続くことになる(注)

広く紹介された数理マジック

 この「数学ゲーム」には最先端の数理科学に関係する様々なトピックが取り上げられたが、あわせて「科学原理を使ったおもちゃ」や「不思議パズル」、更には「マジックで使われる数理的な原理」などがその時々のテーマに関連付けられるなど頻繁に登場した。そういったリクレーショナルな事例を散りばめることで、著者は、科学、数字、確率、錯視、パラドクス等への深い理解やその魅力を感じ取ってもらおうと考えたに違いない。ここではマジック関連で紹介された例をいくつか羅列してみよう。

ギルブレスの原理を使ったペア現象

 赤黒交互にしたデック(一組のトランプ)を半々に分けてリフル・シャフルしたのち、左右に2つに配り分けると、双方のトップから取り上げて組にしたペアはすべて赤黒の組み合わせになっているという不思議な数理。

パリティの性質を利用した手品

客にランダムな動きをさせても、実際には動きが制約されていて二種類の状況のいずれかを行き来するだけという原理の紹介と、それを使った「3つのコップを使ったDo As I Do」や「カードとコップを使った予言手品」などの説明。

3つのコップを使ったDo As I Do カードとコップを使った予言手品
3つのコップを使ったDo As I Do
カードとコップを使った予言手品

ダウン・アンダーの数理

カード(トランプ)の束を持ってトップカードをテーブルに置き、次のカードをボトムに回し、次はテーブルに、という手順を繰り返し、最後に手元に残ったカードを見ると客の選んだカードになっているというもの。

トポロジーや確率に関する手品

トポロジーに関係するパズル応用の手品とか、ロープやハンカチの結び解けなどの解説。直感と異なるサイコロの目の出方を使った手品なども。

ほどけるロープ
ほどけるロープ

フェロウ・シャフルの数理

正確に一枚ずつ交互に噛み合わせるシャフルの数理。これを使ったカードのコントロール(客のカードを特定の位置に持って来たり、当てたりする手法)や、ミラー・スタックという特殊な配列との組み合わせによる手品。

原理を楽しんでもらう解説

これらの手品の解説は、奇術愛好家にとってもまだ比較的目新しい時期に誌面に現れるが、彼の説明は、奇術解説書でよくみられるものとは一味も二味も違っている。読者の更なる探究心をそそるかのように、そこには数理原理自体の面白さや深さを味わってもらいたいとの願いが込められているようだ。
 その一例として上述したダウン・アンダーの数理を使った手品の解説を眺めてみよう。

 この手品は、カードの束(パケット)を持ってもらい、一枚おきにカードを取り除いていってもらうと、最後に残ったカードが客の選んだものになっているという現象である。これを実現するには、当然のことながらパケットを渡す前に、客の選んだカードを特定の枚数目にあらかじめ仕込んでおく必要がある。ただ、その位置はパケットの枚数によって違うため、試行錯誤で決めていかざるをえないが、それでは枚数が大きい場合(例えば一組52枚で行うなど)途方もない作業が必要になってしまう。そこでガードナーは二進法を使ったメル・ストーバー(Mel Stover)の解決策を引用して以下のように説明している。

まず、客に渡すパケットの枚数を二進法で表記し、次にその先頭にある数字を最後尾に移動する。こうして出来た新たな二進表記の数というのは不思議なことに、客の選んだカードをトップから何枚目に置いておけばいいのかを示すというのである。例えば、一組52枚を使うものと仮定しよう。52を二進法で表記すると110100になる。先頭の1を後ろに移動すると101001で、これを十進数に戻すと41が得られる。すなわち52枚あるカードのトップから41枚目に客のカードを仕込んでおけばダウン・アンダーの操作の最後に客のカードが手元に残るのである。
 ではトップカードが最後に残るようにするには何枚のパケットでこの手品を演ずればいいのであろうか。これさえ判れば、客が選んだカードをトップに密かに持ってくることができるマジシャンにとっては実演価値が急速に高まってくる。答えは簡単。2枚、4枚、8枚、16枚・・・といった枚数のパケットがそれに当たる。なぜならそれらを二進数に直した10、100、1000,10000といった数の先頭の「1」を末尾に移動すると、いずれも「1」という二進数が作られることになり、それは十進数でも「1」なので、客のカードはトップに置いておけばいいことになる。

 同じように3枚、7枚、15枚、31枚のパケットを使うことにすれば、それぞれに対応する二進数は11、111、1111、11111となり、その先頭を末尾に移動しても、二進数自体は移動前と全く変わらないため、残すべき客のカードは3枚目、7枚目、・・・と、いずれもボトムに置いておけばいいということになる。

 また二進数の先頭は常に「1」なのでこれを末尾に移動すると一桁目は常に「1」ということになるため(これは十進数では常に奇数になる)、パケットのトップから偶数枚目にあるカードを残すことは不可能ということも理解できるのである。


 こうして読者は、難解な科学記事をも楽しみながら読み進んでいくことになり、同時に、ガードナー自身の視点も社交の場での知的な潤滑剤としての手品から、科学的な探究心をそそるアミューズメントとしての手品へと広がっていくことになる。

注:Scientific American 誌はその日本語版が1971年10月に日本経済新聞社から「日経サイエンス」としてスタートした。またガードナーの記事だけを抜き出した別冊も発刊されている。

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