氣賀康夫

曇りときどき雨
( Cloudy with Some Rain)


    <解説>
    最近、開発されて知られるようになった錯覚のデザインの中で、信じられないくらい錯覚が強いものにログビネンコ錯視があります。例えば、棒の長さが誤認される古典的錯覚のデザインの場合には、何気なく見ると一方が長く見えますが、よく説明されればなるほど同じ長さにも見える!というような程度の錯覚です。ところが、ログビネンコ錯視の場合には、同じ色の一方が極端に濃く見えるのですが、説明されてそうだとわかって何度見直してもやはりどうしても一方が濃く見えるくらい錯視が強力なのです。筆者も最初に見たとき、説明を読んでも説明が信じられず、そんなことはないだろう!と疑って、印刷を切りぬいてその色を比較してみてようやく事実を納得したほどでした。そして、面白いことに、その後、再びこれを見てもやはり一方が濃く見えます。これはそれほど強力な錯視デザインです。そこで、今回はこれを奇術に演出してみようと企画したものをご紹介します。

    <効果>

  1. まず、家の窓のデザインの絵を紹介します。そしてその窓のところは切り抜いて向こうが見えるようになっています。その窓は上、下、真ん中と三段にデザインされています。
  2. そこで、術者はいろいろな空の色のカードを紹介します。例えば晴れは「空色」のカードですが、薄曇りは「白」、本曇りは薄い「灰色」、そして雨は「濃い灰色」のカードです。ここで、さらに図が上下に三分されているカードを2枚紹介します。それは三色が
    濃い灰色、薄い灰色、濃い灰色になっているカード
    薄い灰色、濃い灰色、薄い灰色になっているカード
    の2枚であり、前者は「雨ときどき曇り」後者は「曇りときどき雨」であると丁寧に説明し、観客は「なるほど」と納得します。
  3. 次に、すべての紙を一旦隠し、白のカードを窓のデザインの後ろに置き、その組み合わせを観客に見せます。このときは「この天気は薄曇りです。」と説明します。 白のカードでは錯覚は起りません。観客は窓から外の空が見えることを納得します。
  4. ここで白のカードを戻し、次に表が見えないようにそっと「雨ときどき曇り」の一枚を取り出して、それを窓のデザインの後ろに置きます。ここで術者は観客に「いま、先ほどご覧に入れた天気の中のある一枚を窓から見えるようにセットしましたが、ご覧になってそれがどの天気かお分かりになりますでしょうか?」と質問します。観客はその色の濃さを見て「曇りときどき雨」のカードだと答えますが、そのカードを抜き出してみると、それは驚いたことに反対の「雨ときどき曇り」のカードであったことがわかり、びっくりします。

    <用具>

  1. 大切なのは窓のデザインです。これは立命館大学の心理学者北岡明佳先生がデザインされた「春の小川」と題するデザインを使わせていただくことにしました。元ののデザインには色がついていますが、無色の方が錯覚が強くなりますので、それを白黒に作り変えました。この窓の部分をカッターで切り抜いておきます。このデザインがログビネンコ錯視を誘導する理想的なデザインになっています。したがって、窓に一定の濃さの紙を置くと、上下の窓よりも中央の窓の方が濃く見えるという強力な錯覚が起こります。<写真1>
  2. <写真1>
  3. 用意すべき天候のカードの大きさは窓のデザインと同じサイズです。カードの色は「空色」が晴のカード、「白」が薄曇のカード、そして「薄い灰色」が曇りカード、「濃い灰色」が雨のカードです。そして、奇術の演出に使うカードは色が窓にあわせて三分割されていて、一方は「薄灰色、濃灰色、薄灰色」、もう一方が「濃灰色、薄灰色、濃灰色」です。これらのカードを作るには文具店で色上質紙、色ケント紙で適当な色調のものを求めて適当に裁断して作るのがいいと思います。台紙のカードは適当な厚紙でいいでしょう。 なお、お天気カードには、端にそのお天気を書いておき、それを観客に見せるのも分かりやすいかと思います。

  4. <準備>
    特別の準備はいりません。窓のデザインとお天気カードが準備されていれば十分です。

    <方法>

  1. この興味深い不思議を味わっていただくのは簡単です。デザインそのものがいわば奇術の種そのものだからです。まず、窓のデザインを観客に手渡してよく見ていただきます。このときは窓にはなにもないので錯覚はまだおこりません。
  2. 次にお天気カードを1枚ずつ見せて、丁寧に説明します。表の色を見せて、書かれた文字を見せるのもわかりやすくていいと思います。見せる順は「晴」「薄曇」「曇り」「雨」「曇りときどき雨」「雨ときどき曇り」の順がいいでしょう。
  3. 最初は「薄曇」の白いカードを窓の後ろに入れて、窓から向こう側が見えることを説明します。この時には錯覚は起りません。
  4. ここで、白いカードを抜いて、次に観客に表を見られないように注意しながら、「雨ときどき曇り」のカードを取って窓のデザインの後ろにします。
  5. このデザインをよく見せて、窓の向こうにあるのはどういうカードかと質問します。観客には、このカードがどう見ても「曇りときどき雨」のカードに見えるのです。それは術者が見てもそのように見えるほど錯覚が強烈です。
  6. 最後に窓と裏のカードをそのまま観客に手渡して、裏のカードを検めて貰います。するとカードが思ったカードと色の濃さが逆なのでビックリすることでしょう。

    <注>

  1. このログネンコ錯視と同じ原理の有名は作品にエーデルソンの「円錐の影」という優れたデザインがあります。それをご紹介しておきましょう。<写真2>大このデザインのAとBとが同じ濃さだと言われると、思わず目をこすってしまうのではないでしょうか。
  2. <写真2>
  3. このような興味深い錯視を多数紹介する優れたインターネットサイトがありますのでご紹介しておきましょう。ぜひ、時間のあるときインターネットで覗いてみください。

    北岡明佳の錯視のページ
    これは、興味深い錯視作品を多数発表しておられる立命館大学の北岡明佳先生の作品集です。なお参考になるリンクも沢山用意されています。
  1. 「蛇の回転」  静止画像なのに、円形のデザインがくるくる回っているように見えます。不思議なことにこれをプリントアウトすると色が微妙に違い、錯覚が起こりにくくなります。パソコンディスプレーでの錯覚には感動します。
  2. 「サクラソウの畑」   正方形の畑がグニョグニョと曲がって見えます。
  3. 「ローラー」  静止画像なのに、不思議なことに全体が波を打っているように見えます。

    eChalk Preview: Optical illusions
    これは英国のサイトですが、興味深いものが多数集められています。

  1. Motion induced blindness 三つある丸い印が不規則に消えたり現れたりします。
  2. Colour perception 二例目が強烈。同じ灰色が黄色にみえたり青色に見えたりします。
  3. Colour perception 2 これがMITのエーデルソン先生のデザインです。図案の中の黒と白が同じ色であると言われるとビックリします。
  4. Spiral pinwheel illusion かってアメリカの奇術研究家Jerry Andrusが見せてくれたことがあります。
  5. Pseudo motion images これはただ見ていると何事もないが、画像と眼との距離を変えると円形が急に回転するように見えるものです。
  6. Rotating gears 静止画像なのに、見ていると円形がくるくる回っているように感じるもの。実は、上記北岡作品「蛇の回転」の模倣です。
    なお、参考のため、眼を画像から遠ざけたり、近づけたりするだけで止っている円が丸でくるくると回っているように見えるデザインをご紹介しておきましょう。 これが動く錯覚の代表的なものです。明らかに止っているはずの円が回り出すところが不思議ですね。<写真3>
  7. <写真3>

第14回           第16回