<解説>
錯覚を起こすデザインを奇術の応用する例として、やや風変わりな素材をご紹介しましょう。それはハイブリッドイメージと呼ばれるものであり、MITのAude Olivaなどの研究者が1994年に開発して発表し一躍世界的に有名になったものです。よく知られている錯視のデザインとやや趣を異にし、ある画像を近くか見た場合と、遠くから見た場合とで異なる対象が認知されるという興味深いものです。MITのホームページにはそのいくつかが例として紹介されていますが、なんと言っても極めつけは、遠くから見るとマリリンモンローに見え、近くから見るとアインシュタインに見えるという不思議な画像です。<写真1>これをマリリンアインシュタインと名付けています。原画は白黒ですが、筆者はこれに彩色することを試み、いい画像を完成しました。(簡単な彩色であり、髪を黄色、肌を桃色、そして服を紫色に彩色しました。)この奇術ではこれを活用します。
この絵はサイズを8×10cmに設定しています。この場合、おおよそ、2mの距離よりも近いところから絵を見るとアインシュタインに見え、それより遠くから見るとマリリンモンローのように見えます。
実はこの奇術の演出はアメリカの研究家リチャード・ハッチ氏と筆者との共同の案です。二人でこの奇術を販売しようかと話あったこともあるのですが、似たアイディアが英国で売られたという話を聞いてそれを中止することにしました。
<効果>
ナイトクラブのような小舞台やパーティー向けの奇術であり、大舞台やクロースアップでは期待したような効果が得られません。パーティーの場合、多くの観客の中から一人の代表を選び、舞台に出てきて椅子に腰掛けてもらいます。そして、術者は多数のカード(大きなカード)を取り出します。そしてそれをめくっていくといろいろな有名人の名前が書いてあることを確認します。ただし、それらはみな著名な科学者か美人の名前です。次に術者は舞台テーブルに額が一つ置かれていてそれが布で覆ってあると説明します。そして舞台の観客には見せないように布をめくり、額を客席の観客全員に見せます。観客にはそれがまぎれもない有名な女優マリリンモンローの写真であるということがすぐ分かります。次に、カードを再び手に持ち、上から1枚ずつ手に取りつつ舞台の観客に裏を見せながら、「このようにカードをテーブルに置いていきますから好きなときに『止まれ!』とおっしゃってください。」とお願いします。このとき、めくるカードの表がわざと客席の観客に見えるように動作をしますが、見ていると出てくるカードすべてにマリリンモンローと書いてあるので、客席の観客は「ははあ、そういうインチキを使って舞台の観客に不思議な奇術を見せようとしているのだな」と合点します。舞台の観客が「止まれ!」と言ったところで手にしているカードをその観客に手渡し、そのまま持っていてもらいます。ここで「奇術は大成功」という態度で術者は額を舞台の観客に見せます。そして、「それが誰かお分かりですね。」と語りかけると、舞台の観客は意外なことに「アインシュタイン」と応えます。術者は当惑し、そんなはずはないという態度で、舞台の観客が手にしているカードを見ると、そこには確かに「アインシュタイン」と書いてあるのでした。これは一体どういうことなのでしょうか。演技が終わると、舞台に来て手伝ってくれた観客と客席の観客とではまるっきり違うことを見せられていたという奇妙な状況になります。
<写真1>
<用具>
- マリリンアインシュタインの画像。これは筆者が彩色して一段と綺麗で不思議な絵になりました。<写真1>これは額に入れて舞台のテーブルに置きますから、そのために立てるための支えが必要です。なお、絵のサイズ8×10cmがたいへん重要であり、観客数が10~50人くらいの場合には絵のサイズはこのサイズが適当です。サイズを変えると、演技の際の適切な距離感が違ってきてしまいます。
- 額を隠すための布が必要です。風呂敷のようなものでかまいませんが、透き通って中が見えない厚さが必要です。
- 人物を選ぶためのカードが必要です。これは適当な厚紙のカードを使うのがいいでしょう。使うのは次の名前を大書したカードです。これは手作製可能です。
エジソン、マリリンモンロー、アインシュタイン、ヘップバーン、ガリレオ、クレオパトラ、ニュートン、楊貴妃、キューリー夫人、ダイアナ妃
- さらに追加的にエジソン1枚、マリリンモンローのカードを5枚、それとアインシュタインのカードが10枚を用意します。モンローの5枚とアインシュタインの10枚には分かりやすいように左上隅と右下隅に鉛筆で術者が見てようやく分かる程度の点を打って印(ペンシルドットと呼びます)にしておくのが賢明です。この印は、モンローは点が2個、アインシュタインは1個として区別しましょう。
<準備>
- 舞台に観客の方を向けて額を置き、布で覆っておきます。
- カードは22枚を上から裏向きで次の順に重ねてテーブルに用意しておきます。
普通のカード10枚、エジソン1枚、モンロー5枚、アインシュタイン10枚
<方法>
- この奇術は演出が大切です。特に大切な個所は、最後に写真が誰かを舞台の観客に見せてその名前を聞いた瞬間に驚く芝居をするところです。この芝居が自然でないと全体の演技がぶち壊しになります。
- まず、「お客様のなかからお一人を代表としてお願いしたいと思います。」と言い、一人の観客を舞台に招き、テーブルの脇の椅子に腰掛けてもらいます。
- そして、「では、こちらの舞台のお客様に、写真をご覧になりたい人物を選らんでいただきたいと思いますが、そのためにここにカードが用意しましたので、それを使うことにいたしましょう。」と言います。
- テーブルのカードを取りあげて左手に持ち、上から1枚ずつ右手に取ってその表を観客に見せていきます。見せたカードは左手のカードの一番下にまわします。なお、この動作のとき。カードに書かれた名前が舞台の観客にも客席の観客にもよく見えるように配慮します。そしてカードの名前を読みあげて聞かせます。この動作は10枚まで続けます。すると11枚目は最初と同じエジソンになりますから、「エジソンですか、これで一回りしましたね。」と言います。
- ここで「いままで読みあげた人物は科学者か美人なのですが、ご覧になって男性と女性とどちらが多かったかおわかりでしょうか。」と質問します。「同数と思われた方もおられるとお思いますが、実は女性の方が多かったのです。それは科学者にキューリー夫人がおり、美人には男性が含まれていなかったからです。」と説明します。なお、ここは奇術とは関係のない話です。
- エジソンを一番下に回すと、一番上にモンローのカードが出るのですが、術者はそれを鉛筆の印で確認できるでしょう。観客はそれを知る必要がありません。
- 次に「ここのテーブルの上に額に入った写真が1枚あるのですが、最初に客席のお客様にご覧になっていただきます。ただし、ご覧になった方は見た写真が誰の写真かは口に出さないでいただきたいと思います。よろしいですか。」と話して、観客席の観客に額が見えるようの額を左手に持ち、覆いの布を右手で取り去ります。このとき最前列の人が額から3mかそれ以上離れていることが大切です。それは、その距離より近い人があるとアインシュタインだと思う人が出てくる可能性があるからです。
- 額を見せ終わったら再びそれを布で覆いテーブルに戻します。
- 次に、続けてやることの説明を始めます。そのためには術者はカードを上から1枚ずつ右手に取り、それを黙って客席の観客だけに表が見えるようにしてから、テーブルに置きます。このとき、カードの名前を舞台の観客に見えないように動作することが大切です。この動作はゆっくりと5枚だけ続けて行いますが、その間に次の台詞を語らなければなりません。「このようにカードを私が1枚ずつ置いて行きますので、適当なときに止まれとおっしゃってください。」
- 5枚を見せてそれを置き終わった時点で、次からはアインシュタインのカードですが、それを知っているのは術者だけです。
- ここで「よろしいでしょうか。」と言い、動作を一瞬止めます。そして「では始めましょう。」と言い、カードを同じリズムで右手に取り、テーブルに置いていくのですが、このときはカードの表は舞台の観客にも客席の観客のも見えないようにカードをほぼ水平に持って動作を行います。
- このとき使えるカードは10枚までですから、ゆっくりと動作してください。そして、止れがかからないで、10枚が過ぎてしまった場合は、10枚を取りあげて手に再びもとに戻すようにて同じことを続ければいいのです。普通なら最初の10枚の間に止れがかかるでしょう。
- 止れがかかったら、そこの位置のカードを裏向きのまま舞台の観客の前に置きます。残りのカードはテーブルのカードの上のポンと置き、それを脇に片づけます。
- 術者はテーブルの額を取りあげて、布を取ってその絵を舞台の観客に手渡します。「その写真が誰の写真かお分かりですね?」と言います。
- 観客が頷いたら、舞台の観客の前のカードを取りあげます。
- そして、「だれの写真でしたか?」と質問します。このとき、客席の観客は100%「マリリンモンロー」と応えるだろうと期待しています。そして、術者もそのように期待しているという態度をしていなければなりません。ところが舞台の観客は当然のように「アインシュタイン!」と応えるでしょう。
- これを聞いて、術者は「アッ!」と驚いて一瞬動作を止めて、当惑する芝居をしなければなりません。演技力が求められます。そして、次の瞬間、そんなはずはないという表情で、「本当にアインシュタインでしたか?そんなはずはないと思いますが、選んだカードを確認してみましょう。」と言い、手に持っているカードを示すとそこには確かに「アインシュタイン」と書いてあります。
- 「なるほど、お客様が止れとおっしゃったところのカードがアインシュタインであり、この写真と見事一致しました。めでたし、めでたしです。」と言い、これでこの奇術は終わりなのですが、この演技で舞台の観客が体験したことと客席の観客が体験したこととに大きな隔たりがあるという事実に気づき、頭を悩ますことになるでしょう。悩まないのは舞台に出て手伝ってくれた観客だけです。
<注> この奇術が終わると、「さっきの写真を見たい」という人が現れることがよくあります。そのときに使うのに相応しい二人の普通の写真を<写真2、3>に用意しました。
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Photo: study by CodyR