氣賀康夫

奇術師の帽子
(The Magician’s Hat)


    <解説>
    奇術に使われる原理のなかには、Psychological Misdirectionとでも呼ぶべき心理的な策略が基礎になっているものがあり、それを用いたフォールスカウントの手法が幾つか知られています。落語の「時そば」、「壷算」などの噺も、その応用と考えられます。ここに紹介する愉快な奇術は、ポール・カーリーが、その錯覚を活用して、さらに種のカードを一枚使って、その組み合わせによって面白い物語に仕上げたものです。

    <現象>
    物語のなかで奇術師と帽子の数について面白い話が語られ、奇術師の人数と帽子の数との辻褄が合わなくなります。しかし、最後は奇術によってそれが解決することになります。

    <用具>

  1. 用いるのは20枚のカードです。これは大きくても小さくても構いません。ステージでジャンボサイズのカードを用いて演ずることもできるし、クロースアップマジック用なら、名刺用の白いカードでもよいのです。ただし、名刺の用紙は表面がガサガサで、扱いにくいので、デザインの後に、表面に上質の石鹸を塗って表面加工することをおすすめします。20枚のうち、10枚は表がマジシャンのデザインです。筆者は自分の似顔絵を使っていますが、演者の好きなデザインを描いて構いません。参考のために奇術師らしい絵を一つだけ紹介しておきましょう<写真1>。次に9枚のシルクハットのデザインを画いたカードが用いられます。そして、最後の一枚は大切な種のカード、それは片面がマジシャンのデザイン、もう片面がシルクハットのデザインのダブルフェ-スカードです。
  2. <写真1>
  3. それにカードが入る封筒を用意します。封筒の底の位置が二段になるような仕掛けを作ります。
  4. <準備> 
    カードの入る封筒の中に次の順でカードを用意しておきます。まず、一枚の奇術師のカードを一番底に入れます。そして、残りは次のようにセットしなければなりません。一番下から表向きの奇術師のカード9枚、次は大切な種のカード、これは表が奇術師のデザイン、裏が帽子のデザインです。その上に帽子のデザインのカードを裏向きに9枚。それですべてです。この19枚は封筒の底から二段目のところに格納します。

    <方法>

  1. 「昨年の夏、世界の著名な奇術師がロンドンに集まりました。そのときに、とても不思議な出来事が起こりました。今日は、ちょっと小道具を用いてそのときの状況を説明してみたいと思います。」(封筒の一番底のカードを外側から指で挟んで保持したまま、封筒を逆さ向きにして、19枚のカードがテーブルの上に振り出されるようにします。このとき、カードの奇術師のカードの面が下向きになっていることが大切です。)
  2. 「ここにカードがありますので、まずこれを全部お手にお持ちになってください。一番上のカードは裏向きになっていると思いますが、それをテーブルの上に置いてください。そうです。次のカードも裏向きですか?では、それもその上に置いてください。そう、上の方は裏向きのカードですね。では、それはテーブルの上に重ねて置いていってください。そうすると、途中から表向きの奇術師のカードが出てくると思います。そうです、それです。」
  3. 「では、その奇術師のカードを数えながら、テーブルのカードの上に重ねていってください。全部で確かに10枚ありましたね。それが集まった10人の奇術師です。」
  4. 「では、テーブルの上のカード全部をそのまま取りあげて、カード全体をクルリと裏返してください。一番上のカードの表には帽子の絵が画いてありますね。それはこの集まりで奇術師が着用することが義務づけられていたシルクハットです。それでは、帽子のカードを一枚づつ数えながらテーブルの上に重ねていってください。そうです。帽子のカードはやはり、ちょうど10枚ありますね。10人の奇術師は会場に入るとき、帽子を脱ぎそれをクロークに預けたのでした。この10枚がそのとき奇術師からクロークの女性が預かった帽子です。」(テーブルの上には二つの山ができあがります。
  5. 「ところが、奇術師の会合中に、怪盗ルパンのような怪しげな人物一人現れ、帽子を一個、盗んでいってしまいました。(一番上の帽子のカードを取って堂々と封筒の中に入れます。)クロークの女性は、マネージャーにそのことを報告し、マネージャーはただちにスコットランドヤードに連絡をしました。刑事が数人やってきてよく調べましたが、手がかりが得られず、まったく埒があきませんでした。」
  6. 「そのとき、奇術師の集会が終わり、まず、最初のマジシャンが会場から出てきました。見るとクロークの女性が泣いています。この最初のマジシャンは日本の代表でした。このマジシャンは、話を聞いて、クロークの女性をやさしく慰め、問題を解決してあげようと約束しました。」(マジシャンのカードを一枚表向きにわきに置きます。)
  7. 「このとき、会場から、二番目のマジシャンが出てきました。日本のマジシャンはこのときクロークの女性に『大丈夫、大丈夫、その奇術師に帽子をあげなさい。』と指示しました。」(マジシャンのカードを一枚テーブルの上に置き、その上に帽子のカードを一枚乗せます。) 「次に、会場から、三番目のマジシャンが出てきました。クロークの女性は日本のマジシャンの指示によって帽子を手渡しました。」(マジシャンのカードをテーブルの上のカードに乗せ、その上に帽子のカードを乗せます。以下同様に動作を続けます。)

    「次に、会場から、四番目のマジシャンが出てきました。クロークの女性は日本のマジシャンの指示によって帽子を手渡しました。
     次に、会場から、五番目のマジシャンが出てきました。クロークの女性は日本のマジシャンの指示によって帽子を手渡しました。
     次に、会場から、六番目のマジシャンが出てきました。クロークの女性は日本のマジシャンの指示によって帽子を手渡しました。
     次に、会場から、七番目のマジシャンが出てきました。クロークの女性は日本のマジシャンの指示によって帽子を手渡しました。
     次に、会場から、八番目のマジシャンが出てきました。クロークの女性は日本のマジシャンの指示によって帽子を手渡しました。
     次に、会場から、九番目のマジシャンが出てきました。クロークの女性は日本のマジシャンの指示によって帽子を手渡しました。」

  8. 「すると、帽子が一つ残りました。そこで、日本のマジシャンは『その十番目の帽子を私がかぶりることにしましょう。』といって、最後の帽子をかぶり、クロークの女性のほうににっこりと微笑み、帰っていきました。」(わきのマジシャンのカードをテーブルの上のカードに乗せ、その上に最後の帽子のカードを乗せます。)
  9. 「このようにして、帽子が一個確かに盗まれたのに、十人のマジシャン全員が帽子をかぶって会場を無事に去っていく事ができたという話です。めでたし、めでたし。」
  10. 「ところで、この日本なマジシャンは、一体どのようにして、この帽子盗難事件を解決する事ができたのでしょうか。とても不思議ですね。それでは、今日は、特別にこのお話の種明かしをしましょう。よろしいですか。よく注意してお聞きください。」
  11. (テーブルの上のカードを取り、帽子とマジシャンのカードのペアにして示し、それを裏返ししてテーブルの上に重ねて置きます。このようにペアを数えていくと9組しかありません。)「このように奇術師と帽子を数えると不思議なことに9人分しかありません。それは一体なぜでしょうか。では、今日は最後に本当のお話をいたしましょう。実は、この日本の奇術師は怪盗ルパンが来ることをあらかじめ予想していたのです。そこで、帽子が盗まれるときには、そのなかにマジシャンを一人忍ばせるように細工をしていたのだそうです。」(封筒からマジシャンのカードと帽子のカードを振り出して、マジシャンのカードをテーブルに置き、その上にハットのカードを重ねます。そして、二枚を重ねたまま裏向きにして9組のペアの上に重ね、全部を封筒にしまって演技を終えます。)

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