氣賀康夫

視覚的回文
(Optical Palindrome)


    <解説>

    「動く穴」はユニークな創作奇術で有名な厚川昌男氏の 作品として知られています。この小品をさらに効果的に演出する目的で 筆者は視覚的回文というものを作ってみました。
    普通、回文と呼ばれるのは上から読んでも、下から読んでも同じに読めるという 「きぬたのたぬき」のような「山本山」的に作られた文であり、英文では
    ”Madam, I'm Adam!"
    が最高の回文とされています。これに対し視覚的回文というのは書いた文を上下さかさま にしても同じ文が読めるという日本語の特色を生かした筆者の自慢作であり、 おそらく空前絶後のものでしょう。

    <効果>

    術者はリングに止めた短冊を観客に示し、リングから短冊をはずします。 そして、短冊の詩文を二三紹介し、そのなかの一枚を取りあげます。 短冊の片面には漢字混じりで詩が書かれていますが、裏は百人一首の取り札 のように、同じ詩文が平仮名だけで書かれています。  ところが、その平仮名の詩文を上下逆すると、驚いたことにそれが同じ詩文として 読めるのです。
    こうなると、この短冊はどちらが上でどちらが下かわからない・・・・・・ という話をして、「こうなると、この穴自身も自分が上向きだったか 下向きだったかがわからなくなるらしいです。」という奇妙な語りを聞かせます。 そうして、穴を指でこすると、何と、穴が上から真中に、そして真ん中から下へと移動します。

    <用具>

  1. 種となるものは紙の短冊一枚ですが、これは表に 「白い霧、海こそ夢また夢、そこ緑も愛し」 いう詩が書いてあるものです。裏には同文が平仮名で 「しろいきりうみこそゆめまたゆめそこみどりもいとし」 と書いてあります。その書体が、視覚的回文にデザインされているという ところがこの作品のユニークなところです。 このような詩文のデザインは古今東西みられなかったと思います。 さて、文章の上には短冊を金属のリングで止めるための穴があいています。 そして、実は、平仮名回文の下には「うその穴」が描かれているのです。 これがこの奇術のための種です。この「ウソの穴」は色紙の黒をパンチで抜いて、 それを糊で貼りつけると一番いいものができあがります。 なお、演出を効果的にするためには、同じ大きさの短冊を数枚用意し、 それに適当な自由詩を漢字混じりと平仮名で書いたものを用意するのが いいと思います。<写真1>
    写真1
  2. 文房具で売っている金属のリング(手で簡単に開いたり閉じたりできるもの)を一個用います。
  3. <準備>
    詩文の短冊は全部リングで止めておきます。種の短冊を2枚目にしておきます。(漢字面が上向き)

    <方法>

  1. まず、リングを開き、短冊を全部はずして、漢字混じり文の方を上にして広げます。
  2. そして、上から3枚くらい、短冊の詩を読み上げて聞かせます。
  3. そうして3枚目を裏返しして、同じ詩が百人一首の取り札のように平仮名で 書かれていることを示します。
  4. ここからは、やや技術が必要な部分です。あまり演者が緊張してはいけません。リラックスして演技することが大切です。 まず、種の短冊を取り、左手の掌に置きます。 このときは上に穴が開いている状態です。ここで、右手で短冊の下をつまみます。大切なのは指の位置であり、短冊の上面に食指、下面に拇指を当てるようにします。すると右手の拇指は裏にある嘘の穴に触ることになるでしょう。もちろん観客はそのことを知りません。<写真2>
  5. 写真2
  6. ここで、左手を使って短冊の上半分を手前に折り曲げて、上の穴を右手の食指 の爪の位置に持ってきます。そして、その穴の上に右手の中指を当てて、そこをはさみます。<写真3>
  7. 写真3
  8. ここで、右手首を少し振りながら、右手拇指を放します。すると短冊は右手の 食指と中指ではさまれた状態になりますが、短冊は表裏が逆になり、平仮名の面が上向きになります。<写真4>
  9. 写真4
  10. そのまま、右手の食指と拇指を入れ替えて、短冊が右手の拇指と中指で 保持されるようにします。そして、短冊を垂直に立てて、嘘の穴が観客側の 上向きになるようにします。<写真5>
    ここで、詩文を再度、読み上げます。 観客は平仮名文をそのまま読むでしょう。読むのに忙しいので、穴が偽物とは 気づきません。
  11. 写真5
  12. 次に、「よく、見てください。この詩は上下を逆にしても同じです。」 と言いながら、右手首をひねって、偽の穴が下向きになるように短冊を 180度回転します。<写真6>そして、詩をもう一度読み上げます。
  13. 写真6
  14. そうしたら、右手を回転させて、短冊を水平にして、平仮名の面が 上を向くように持ちます。<写真7>
    「こうなると、短冊の穴も自分が上に居るのか、下に居るのかさっぱり わからなくなるのだそうです。」と言います。観客は演者が何のことを言っているのか一瞬、理解できないでしょう。そこで、かまわず、「では、この穴を よく見ていてください。」と言い、平仮名面の中央の「また」と書いてある 位置に左手の食指の先を持ってきます。ここで、左手拇指先を短冊の裏の その位置の真下に持ってきて、短冊を両指ではさむ感じにします。そして、 そのまま指を嘘の穴の方へ滑らせていき、穴を食指先で隠すようにします。 <写真8>
  15. 写真7
    写真8
  16. そのまま、両手で短冊を裏返しします。すると上の面は当然、漢字混じり文 となりますが、両手とも拇指が上向きになります。<写真9>このとき、左手の拇指の下には穴がありません。それは裏側が嘘の穴だったからです。しかし、観客はそのことを知りません。だから、左手の拇指の下には穴があると誤認しているはずです。
  17. 写真9
  18. ただちに「ご覧ください。穴が戸惑っているので、上から真中に こんな具合に移動します。」と言いながら、左手の拇指と食指を短冊の 上(漢字面では下)から短冊の中央あたりまでずらせてきます。 すると、観客には穴が上から真中まで移動したような 錯覚に陥ります。ここで動作を一旦止めます。<写真10>
  19. 写真10
  20. 次に、そのまま、左手の拇指と食指をさらに下(漢字面では上)に 移動し、右手の拇指に当たる位置まで持ってきます。そして、最後に右手を どけて、本当の穴の位置を左手で覆うようにします。<写真11>
  21. 写真11
  22. 間髪を入れず、ここで、右手の指で短冊の右下(漢字面では左上の「そ」 の字の上)を持ち、左手を完全にどけます。すると、穴が観客に見えるようになるので、穴が短冊の上から下まで(漢字面では下から上まで)移動したように 感じます。<写真12>
  23. 写真12
  24. 最後に短冊を全部揃えてリングに止めて片づけてしまいます。

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