まず最初に、皆様に謝らなければならないことがあります。
今回取り上げる映画を、実は私は一度も観たことがありません。そこで今回は映画の内容ではなく、私がその映画を発見するに至る、トラベローグをお読みいただきたいと思います。文章も、いつもより短めになると思われます。御了承ください。
まず、話は1980年代末に遡ります。その時私は、あるマジック界の識者の方ととりとめのない世間話をしていました。その時何気なく発した私の一言が、以降30年にわたるこの旅の、そもそもの始まりです。
「そう言えば、ポール・ハリスって、今何をしているんでしょうね?」
ポール・ハリス。現在彼は‘Paul Harris Presents’(おそらく、「ヒッチコック劇場 Alfred Hitchcock Presents(TVシリーズ)」のもじりなのでしょう。劇場作品の映画でないテレビドラマの場合、このように表記します。以下同)のブランドを立ち上げ、興味深いマジック用具・DVDを続々とリリースしています。しかしそもそも彼自身は、70年代後半にそれまでになかった奇想天外な現象、例えば穴を開けたカード2枚がつながる、デックがひとかたまりになる等でクロースアップ・マジックに革命を起こし、一世を風靡した天才クリエイターだったのです。
ところがそのポール・ハリスも、続くジェイ・サンキーらの活躍の陰に隠れ、自身の集大成的書籍を1996年に、DVDセットを2007年に発売した以外は、90年前後からパッタリその名を耳にしなくなっていました。その後前述のP.H.P.で完全復活を遂げるのは21世紀になって以降です。実に、10年以上のブランクがあるのです。そこで、冒頭の私の質問となったわけです。
それに対する識者の答えは「今、映画を作っているらしいよ」というものでした。
瞬間私は、「面白そう。でも、本当かなぁ…」と思いました。その後会話は別の話題へと移り、私もそのことはすっかり忘れていたのですが…
私の愛読書の一冊に、マイケル・ウェルドン著「Psychotronic Video Guide」があります。世界中の変な映画・珍しい映画を紹介した前著「Psychotronic Encyclopedia of Film」が好評だったため、その後の新作・前回洩れた作品(80年代半ばにレンタルビデオ・ブームがあり、それまで埋もれていた映画が大量に陽の目をみた)を収録して発行された続刊です。私は暇があると同書をパラパラとめくるのですが、ふとその目が、こんな映画に留まりました。
‘Nice Girls don't Explode’イケてる女の子は爆発しない、って…。先を読み進めます。1987年作品。ビデオ販売会社、Starmaker。ミシェル・メイリンク演じる女の子は、気持ちが昂ると周りの物を発火させてしまう、特殊な超能力の持ち主。バーバラ・ハリス演じる母親も同じ特異体質だった。共演ウィリアム・オリアリー、ウォーレス・ショーン。ニューワールド配給のコメディ。カンザス州ローレンスにてロケ。監督チャック・マーティネス、脚本ポール・ハリス、制作ダグ・カーティス、ジョン・ウェルズ
ポール・ハリス!って、あのポール・ハリス?そう言えば、今映画を作っているって聞いたことがあるなぁ…。でもポールもハリスもありふれた人名だから、同姓同名じゃないのかな。そんなことを思いつつ、またしばらくの時が経過しました。
そんなある日、調べものをしていてポール・ハリスの著書‘Super Magic’に目を通していた時のことです。ふと、奥付に目が留まりました。edited and published by Chuck Martinez. layout by Chuck Martinez. …チャック・マーティネス、チャック・マーティネス…確かにどこかで聞いた名前です。いや、ちょっと待てよ、そうだ。急いで‘Psychotronic Video Guide’をもう一度引っ張り出します。あった、監督チャック・マーティネス。‘Nice Girls don't Explode’の監督の名前が、チャック・マーティネスではありませんか!監督・脚本コンビが編集発行&レイアウト・著者コンビと同じ…これはもう、状況証拠で外濠を埋められ、チェックメイト寸前です。
それからまた少し後の話です。ある雑誌の、くだらないビデオばかりを紹介するコーナーを読んでいた私は、思わずあっ、と声をあげました。そこに、こんな記載があったのです。
ダイナマイト・ヴァージン╱キッス一発火事の元 Nice Girls don't Explode 87年(キング)
(ここより著作権保護のため、直接引用を避け表現を改めます。なお同エッセイは現在「デルモンテ平山のゴミビデオ大全」洋泉社 に再録されています)エイプリルは、興奮すると辺りを火の海にしてしまう特異体質の持ち主。そんな彼女の前に幼なじみのアンディが現れ、二人は恋愛関係となります。いよいよという時、燃え盛るベッドに突然雨が降りだし、鎮火してしまいます。アンディは、興奮すると雨を降らせる特異体質だったのです。めでたしめでたし…って、おかしな日本語タイトルは、驚くべきことに何と映画の内容を正確に表現しているではありませんか。企画としては「キャリー」や「炎の少女チャーリー」の後追いなのでしょうが、それを少しエロティックな超能力コメディに調理してみせるところが、いかにもポール・ハリス味、です。
各種宣材・パッケージ
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その後アメリカの雑誌‘MAGIC’2007年6月号にてポール・ハリスのインタビューが敢行された際には、この映画についても触れられ、しかもカラーでポスターまで掲載されています。
やはり脚本ポール・ハリスは、あのポール・ハリスだったのです。
その後の情報で、日本ではVHS発売・衛星放送での放映後ソフト化されていないが、アメリカではDVDを販売している(、だがリージョンの違いで日本では再生できない)こと、上記のストーリー内容には誤りがあり、自然発火現象は実は、二人の仲を裂こうとする母親のトリックであることなども分かってきました(それゆえ、母親役にはバーバラ・ハリスという有名女優が起用されているのです。ちなみに、ポール・ハリスとの血縁関係はありません)。何とも、マジシャンらしい脚本です。
しかし気になることが一つ。
同作の評価はおしなべて低く、ハリス自身もあまり触れられたがっていません。マイケル・ウェルドンは、その作品に対する熱量が明らかに文章に反映されるか(「地獄」「海底軍艦」etc. )、または本当に簡素になるか(「惑星ソラリス」の解説はわずか3単語 “Better than 2001”)、のいずれかなのですが、同作に対するウェルドンのあしらいが妙にあっさりとしているのが、何とも気がかりです。またリチャード・カウフマンは同作について「ポールは親友だけど…この映画に対する良い評価は、聞かないなあ」と言葉少なに語っています。本国アメリカでは結局劇場公開されず、遥々海を渡った日本ではゴミビデオ呼ばわり、ポール・ハリスにもチャック・マーティネスにも、映画の二作目は存在しません…
やはり、天は二物を与えず、なのでしょうか?
ネット上にアップロードされているのは予告編のみですが、最近は埋もれた珍作・異色作をソフト化する奇特なメーカーも増えています。この作品も、いつか近い将来、DVD化される日が来るかもしれません。
はたして、映画の出来やいかに?
※参考文献:
‘Psychotronic Video Guide’(Michael J. Weldon)St.Martin’s Griffin
「映画秘宝 エド・ウッドとサイテー映画の世界」(平山夢明 他)洋泉社
※画像出典:
IMDb(International Movie Database)‘Nice Girls don't Explode’