「アルティメイト・カッパー・アンド・シルバー」というのは、基本的に銀貨と銅貨のダブル・フェイス・コインに銀貨のシェルを被せ、この同じシェルを被せることのできるもう一枚の銅貨から構成されているギャフ・コインのセットを言います
<写真1>。
これだけでは、説明がまだ不十分です。まず、銅貨と銀貨のダブル・フェイスに被せられているシェルは、銀貨(写真ではハーフダラー)からそのまま作ったシェルで、したがって、加工前と加工後ではコインの口径に変化がありません。すなわち、このシェルは、他の普通の銀貨や銅貨(写真ではイングリッシュ・ペニー)に被せることができません。これを、普通のコインに被せられるようにしたシェルは、口径をやや広げてあって、エクスパンディッド・シェルと言いますが、<写真1>のセットのシェルは、エクスパンディッド・シェルではありません。手順では、このシェルを普通の銅貨(イングリッシュ・ペニー)にも被せることになっていますから、銅貨のほうの口径を、シェルに合わせて少し小さく削ってあります。横に見えているプラスチック製の白いリングは、バン・リングと言って、ダブル・フェイス・コインに被せたシェルを外す道具です。やり方は後述します。
ここまで読まれた読者の方は、「え?アルティメイト・カッパー・アンド・シルバーなんてコインの構造もやり方もいまさら聞かなくても知っているよ」と思われたかもしれません。ところが、最近のギャフ・コインの急速な進歩と複雑性は、そう単純ではないのです。なぜなら、最近のコイン・メーカーの商品は、トッド・ラーセンもスクールクラフトも、コインそのものは改良したり応用して新しく開発したりしてあるのに、やり方や解説はまったく付いてこないのが普通だからです。購入した人は、自分である程度考えなければなりません。それには、なぜ、この構造のギャフ・コインが必要なのかを知っておかないと結局宝の持ち腐れになってしまいます。
昔、といっても30年、40年前ですが、トリック・コインは、いくつかの例を除いて、あまりポピュラーではありませんでした。1970年代になって、米国のジョンソン・プロダクツが、カタログとともに、多種類のトリック・コインを広く販売するようになってから加工したトリック・コインの商品化が次第に進展・普及するようになって来ました。当時は、まだ1ドルが360円とか308円の時代でしたし、日本の手品用具店で米国のトリック・コインを販売しているところもほとんどなく、日本では一部のマニア以外、存在すら知られていなかったと言っても過言ではありません。ちなみに、日本ではトリック・コインと呼ぶ人が多いようですが、欧米ではギャフ・コインと呼ぶのが普通で、もしくはギミック・コインと呼ぶ人もいます。ここでは、ギャフ・コインと総称します。
手品の世界に登場したのは意外に古くて、1847年です。170年も前なのです。例のホフジンサーがコインのシェルを発案しました。このシェルは、コインと同じ口径のもので、いわゆるエクスパンディッド・シェルではありません。ただし、一般には知られていなくて、これを世の中に紹介したのはホフマンで、これは1890年です。約130年前です。1928年には、奇術用具店の商品としてセイヤー(タイヤ―)のカタログNo.7に載っています(<写真2>の左ページ下段)。このカタログの記述を見ますと、製造しているのは”Carl Brema & Son”という名のメーカーで、シェル・コインの頭に「ポピュラー」という形容詞が付いていますから、すでにかなり普及していたことがわかります。
したがって、それまでも口コミやマニアの間では流通していたのかもしれません。
しかし、厳密には、このときに一般の奇術愛好家にも購入・入手できるようになったので、これが、ギャフ・コインの歴史の嚆矢と言っていいと思います。となると、歴史はわずか90年です。
このシェル・コインは、当時、こうしたギャフ・コインの存在を知らなかった奇術愛好家はもちろん、一般の観客には、まるで奇跡が起こったような印象を抱かせたことと思います。
ただ、このシェルの最大の欠点は、普通の貨幣には被せることができないので、被せられる側のコインの口径を狭くしなければならないことと、仮に、複数枚のコインを使うとなると、いつも、被せられるコインを同定しておかなければならないことです。もちろん、扱うコインすべての口径を狭くしておけば、そのような心配は不要です。
では、エクスパンディッド・シェルは、いつできたのでしょうか?これは、1940年代になってからで、Conrad Hadenという人が製造しました。ただし、当然ですが、すぐに市場には販売されませんので、しばらくマニアの間で流通していたはずです。
一般の手品市場に出回って来た正確な時期はわかりませんが、1983年のタネンのカタログNo.14には掲載されています<写真3>から、このころには、少なくとも、ニューヨークの奇術家たちには周知のギャフ・コインになっていたと思われます。
こんなふうに書いて来ると、エキスパンディッド・シェルが市場に出るのが1983年なら、「アルティメイト・カッパー・アンド・シルバー」も、1983年以降だと思われるかもしれませんが、そうではありません。1978年のタネンのカタログNo.12には、すでに、ジョンソン・プロダクツのラインのページもあって、そこには、「アルティメイト・シルバー・アンド・カッパー」の名前があります。
なお、シルバーを先に持ってきて、シルバー・アンド・カッパーとしているのはジョンソン・プロダクツの特徴で、シルバー・カッパー・ブラス・トランスポジションもジョンソンの製品はシルバーが先です。参考までに、CSB(カッパー・シルバー・ブラス・トランスポジションの略称)に限って言えば、コイン・メーカーでは、トッド・ラーセンとジャーミー・スクールクラフトがCSBと呼んでいて、ジョンソン・プロダクツとタンゴがSCBと呼んでいます。どちらも構成されるギャフ・コインは同じです。したがって、呼称においてカッパーが先かシルバーが先かは、あまり重要な問題ではありません。
さて、以上のことから、1978年には、すでに「アルティメイト・カッパー・アンド・シルバー」は販売されていたわけですから、コインのシェルの存在は普及していたことになります。1975年のタネンのカタログNo.11を見ますと、このジョンソン・プロダクツのラインのコーナーがありませんので、この傍証だけで甚だ心もとない限りですが、「アルティメイト・カッパー・アンド・シルバー」は、1975年から1978年の3年間の間に開発・発表・発売されたコイン手品ということになります。そして、エキスパンディッド・シェルの発売は、さらにこの後になります。これは技術的な問題で、エキスパンディッド・シェルを作る技術が、1970年代にはまだなかったことによります。以後、「アルティメイト・カッパー・アンド・シルバー」は、UCSと表記します。
この①のシェルを②のダブル・フェイスに被せて、両面をぎゅっと推すとシェルは物理的に固定されて簡単には外れなくなります。
その結果、手順では、最後にロックされたシェル・コイン(表も裏も銀貨のハーフダラーに見えます)ともう一枚の銅貨の両方のコインを観客に渡して改めさせることができる、となっています。解説がそのように書いてあるのです。
まあ、普通に言えばその通りなのですが、銀貨はシェルの被さったダブル・フェイスですし、銅貨は口径の削ってあるペニーです。
したがって、公明正大に観客に改めさせられるわけではないのです。
特に、シェル付きのコインは、かなりしっかりと固定してあっても観客の手に委ねるのはかなり不安なものです。
かつてのようにギャフ・コインの存在がほとんど知られていなかった時代はそれでもよかったかもしれませんが、たとえば日本では、シガレット・スルー・コインなどは、マスメディアで扱われたせいでかなり多くの人に知れ渡っていますし、このUCSも現象が鮮やかなだけに、観客がギャフ・コインという言葉を知らなくても、コインに仕掛けがあるのではないかと疑う可能性は十分にあります。
したがって、昔からの手順のように「最後にすべてのコインを観客に手渡して改めさせることができます」というのは嘘ではないですが、現代では通用しません。
さて、両面をぎゅっと推して物理的に固定したシェルとダブル・フェイスは、もう簡単には外れません。これを外すために④のプラスチック製のバン・リングが付属しています。これに、シェル・コインを嵌め、バン・リングごと、硬いテーブルなどに叩きつけると、シェルの中のダブル・フェイスが外れて来ます<写真4>。同じような物理的に外れないようになってしまう構造のギャフ・コインは別のセットでも使いますので、バン・リングもコインに合わせて大きさはいろいろあって、材質もアルミ製や真鍮製のバン・リングもあります。
話を複雑にしたくないので、この段階では簡単に書いておきますが、いま扱っている物理的にロックされるシェル・コインのメカニズムを、磁石を使った構造にしたものも作られています。 すなわち、ダブル・フェイス・コインの中に磁石を埋め込み、シェルの裏側にスチールを装着して、それでシェル・コインが分離しないようにした製品もあります。 磁石でロックされたシェル・コインは、空中に投げ上げたりした程度ではロックは外れません。 したがって、シェルを被せたあと、コインの両面を見せることができます。 利点は、バン・リングがなくてもシェルとダブル・フェイス・コインが外れることで、欠点は観客に手渡せないことです。 こんなものがなぜ必要かと言うと、テーブル・ホッピングの職業奇術師は、テーブルからテーブルへの移動中に、 バン・リングでシェル・コインを外している余裕がありませんから、磁石によるロックが圧倒的に便利なのです。 翻って、そういう見せ方が十分に通用するということは、UCSの演技が終了してから、すべてのコインを改める手順は必ずしも必須ではないということです。 磁石付きのUCSについては次回以降に詳述します。
いろんなバリエーションがありますが、ここではもっとも単純な現象を述べます。
また、使用するコインの技法もできるだけ少なくやさしいものにしてあります。
一応、最後にすべてのコインを観客に手渡して改めさせるような演出にしてあります。
マジシャンは、左掌に銅貨、右掌に銀貨を置いて、観客に示します。
両方の手をゆっくりと握り、おまじないをかけてから開くと、左手に銀貨、右手に銅貨に代わっています。
もう一度やってみましょう、と言って、今度は、銅貨と銀貨を左手に載せ、左手を握りながら、右手に銅貨を取り上げます。
この状態で、両手を握ると、左手に銀貨、右手に銅貨があるはずですが、両手をゆっくり開くと、左手に銅貨、右手は銀貨に代わっています。
それぞれのコインは、観客に手渡して改めてもらうことが可能です。
以上が通常のUCSのやり方の説明です。ポケットなどを使わないので、非常に不思議に見えます。最初にコインの両面を見せることはできませんが、最後には両面とも見せることができますし、このままテーブルに投げ出すこともできますから、観客に手渡さなくても十分に改めたことになると思われます。
ところで、別稿にも書きましたが、私自身はコイン・マジックにおけるシェル・コインの使用には懐疑的です。シェルを使うコイン・マジックをさんざん解説してからそう言っても説得力はありませんが、シェルという武器の使い方を知っているからこそ言える意見だと思っています。たとえば、コイン・スルー・ザ・テーブルにシェルを1枚使うと、ほとんど技術的な心配をすることなく不思議な現象を展開することができます。
最後に、シェルにシムを貼っておいて、PKリングで最後の1枚を処理してしまえば、まさに完璧なコイン・スルー・ザ・テーブルを演じることができます。
それはそうですが、ゴッシュマンもスライディーニもシェルなど使わないで、マニアでもびっくりするような現象のコイン・スルー・ザ・テーブルを演じてくれました。
スライディーニに大枚はたいて個人レッスンを受けた私としては、シェルを使う手順と同じだと思われたくない気持ちがあります。
最大の違いは、使うコインをすべて観客に手渡して改めさせることができることです。
しかしながら、シェルも、どこかにパームしておいて、観客がコインを調べてからひそかに装着すれば同じことかもしれません。
ただ、演じるマジシャンの気持ちに微妙な違いが生じます。
私は、シェルやギャフ・コインを使うときは、どうしても後ろめたい気持ちが拭えません。
現象が鮮やかであればあるほど、そういう気持ちになります。
テレビに出てくる日本のマジシャンたちは、けっこうシェルを多用していて、先日も日本の貨幣のシェルをPKリングで取り除いているマジシャンがいました。国内での貨幣変造は法に触れますからちょっと心配になりました。
さて、このUCSの解説はいわば序説です。本論はUCSのバリエーションの話をするつもりでした。
最近のものはコインの口径を削ったりしませんし、コインそのものも1ドル銀貨などの大きいものを使います。
しかもシェルも微妙に異なります。
当然ですが、コインは物理的にロックされるのではなくてマグネットで固定されます。
そういう最先端の手順を組み立てるために、まずもともとの原理原則を紹介したのが今回の解説です。
次回からはその多様なバリエーションの話をします。