麦谷眞里

3本使うチャイニーズ・スティック

はじめに

 日本で売られているチャイニーズ・スティックは、なぜかほとんど2本組です。 欧米の奇術用具店も、よほど特殊な店でない限り、かなり大きなディーラーでも扱っているのは2本組が多いようです。ですから、日本のマジシャンでも、チャイニーズ・スティックは2本で行なう手品、と思っている人が多いのではないでしょうか?そこで、「見たい手品」として、3本使うチャイニーズ・スティックを取り上げました。 チャイニーズ・スティックを3本使う有名な手順は、Roy Bensonのもので、これは、Leventと Todd Karrの、”Roy Benson By Starlight”に詳述されています<写真1>

<写真1>

 また、Roy Benson自身の演技のフィルムも残っていますので、やり方だけでなく、彼の演技のスピードとかタイミングとかも、かなりはっきりとわかります。Roy Bensonの手順は、非常によくできていてかつ楽しく、彼は1948年に、この手品をなんとアル・ベーカーの前でも演じています。ボードビル華やかなりし頃の舞台はこういう演出だったのかと彷彿させるようなフィルムで一見の価値があります。

1.用具

 チャイニーズ・スティックの3本セットは、販売されていないわけではありません。私の所有しているものは、ひとつがカスタムメイド<写真2のブルーのもの>で、もうひとつは、ラスベガスのジョージ・ミルワードが作っている量販品<写真写真2の中央にある赤いものと木製のもの>で、価格は赤い金属製のものが220ドル(約2万5千円)で、木製のものが275ドル(約3万円)です。このミルワードの製品は、まさにRoy Bensonの手順を行なうために作られた商品なので、余分な紐や、紐をセットする際の道具まで附属してきます。

<写真2>

 ただし、前述のように日本では3本のセットを販売していませんから、2本組の商品を2つ買って計4本の中から3本使うようにします。三瓶米蔵さんが作って販売していた木製のもの(2本セットで8400円)はやや長いですが動きはいいです<写真2の一番右側>、そのほかの国産では、メタル製のもの(2本で700円程度)と木製風のもの(2本で1600円程度)とがありますし、ネットショップで探せば比較的安価なものが各種あるかもしれません。したがって、普通のスティックであれば、仮に3本そろえるために2本組みのものを2セット買ったとしても、その投資額は3000円を少し超える程度であることがわかると思います。

2.基本的な操作

 手品のマニアで、一度もチャイニーズ・スティックに触れたことのない人はおそらくいらっしゃらないでしょう。しかし、正しく演技できているかどうかは、また別の問題です。今回、あえて、チャイニーズ・ステッキを取り上げたのは、まさにそこに主眼があったからです。まず、言わずもがな、の原理ですが、スティックの一端に穴が2つ開けられていて、そこに紐が通っています。そして、この紐には錘も通されていて、錘はスティックの中にあるので外からは見えません。また、スティックをやや斜めに傾けると、錘が重力によって下へ落ちるため、同時に紐を下方に引っ張って、外側に出ている紐が短くなる仕組みになっています<写真3>。安価な商品の中には、スティックの一端の片側にしか穴がなくて、単純に紐が錘に繋がっているだけのものもありますが、そのタイプのものは、本格的な演技には不向きです。

<写真3>

 さて、2本で行なうチャイニーズ・スティックの手順ですが、ハンガリー出身のマジシャンでディーラーでもあるGeorge Kovariの手順だけが、最後に紐が異常に長くなる等のユニークな手順であるほかは、ほとんど大同小異です。また、Pete Biroの手順もマニアがびっくりしますが、これは片方にリールが仕込まれているので、今回は対象にしません。さらに、3本のスティックの手順にいたっては、Fred Kapsの手順も有名ですが、Roy Bensonのものが過不足なく完成されていて、プロフェッショナルのボードビリアンの演技そのものです。Roy Bensonの手順では、鋏を使って、紐を2回カットします。その演出も素晴らしいものですが、これを行なうには、前述のミルウォードのスティックが必要ですし、また演技の前の準備がけっこう煩雑です。彼の実際の演技は、”It’s Magic”というDVDや、画質は悪いですが、ミルウォードのスティックの説明のCDにも付いてきますので、目にする機会があったらぜひご覧ください。

 そもそもチャイニーズ・スティックを演じるにあたって、タネや構造があまりにも単純なせいか、どの説明書にも書いてない大事な点が3つあります。実にこれは簡単な手品ではないのです。 その第一は、用具によって錘の重さや紐の長さ、紐の滑るスムーズさが異なるため、どの程度の角度スティックを傾けたら錘が紐を引っ張り始めるのか、あるいは、そのスピードや手応えはどの程度なのか、それぞれの用具によって異なることです。また、これは、スティックの材質(木製とかメタルとかプラスチックとか)によっても異なりますし、スティックそのものの長さや重量によっても異なるのです。したがって、それを会得して、あるいは、自分の演技に合ったスティックを選ぶまでには、かなりの試行錯誤が必要です。多くの場合、初心者用の奇術用具に分類されていますが、実は、買ってすぐに演技のできる手品ではないのです。

 スティックのそれぞれについた紐が、あたかも本当に繋がっているように何度も引っ張って見せられるようになるまでには、相当な練習が必要です。まして、2本のスティックを離れた状態に置いて、その位置で、一方の紐を引っ張り、もう一方の紐をスティックに収めるのには呼応したスピードの動きが必要です。しかも、その動きは、チャイニーズ・スティックの演技中、何回も行なわれるわけですから、ほとんど無意識に操作ができなければなりません。 第二に、紐を引っ張って長くしたほうのスティックは、次に必ず穴の上のほうのビーズを引っ張って、紐が上下に動くことを見せることが重要です<写真4>。こうすることによって、観客にはあたかもそれぞれのスティックの紐が独立しているかのように見えるのです。実際にも独立しているのですが、スティック同士の紐の間に連絡がないことを強調する意味でも重要な動作です。

<写真4>

 三番目の重要な点は、長くなった紐を錘によって短くするとき、このスティックの前部だけを上に傾け、錘を下に滑らせて紐を短くしようとするマジシャンを多く見かけますが、これもまちがいです。マジシャンは原理を知っているので、どうしても気持ちはそのように動きますが、それは不自然な動きです。そもそも、仮に、錘のないスティックでそのような動きを行なうとき、反対側のスティックの前端を上げるかどうか考えてみたらわかると思います。では、どのようにしたらいいのか?それは、紐が短くなったほうのスティックの紐を引っ張るときの身体の動きで、自然と反対側のスティックが傾くようにするのです。つまり、スティックは2本とも傾くのです。この意味でも、錘がスティックの中でスムーズに動くような用具を購入することが大切なのです。

3.私の3本スティックの手順

 [やり方のポイント]
  1. いままで、チャイニーズ・スティックの手品を演じたことのあるひとは、きっと、この手品の終わり方に困惑されたと思います。2本出して、「一方の紐を引っ張るともう一方の紐が引っ込む」という現象を何度か演じたあと、2本を離して見せ、あるいは、1本を胸ポケットなどに差して同様な現象を行ない、それで現象はおしまいです。いわば、クライマックスがないのです。そのことには、すでに大勢のマジシャンが頭を悩ましており、彼らの解決策は大きく分けて2つあります。ひとつは、最後にまったく別のところの紐を引っ張ってスティックの紐を巻き上げて終るコメディ・タッチのものと、スティックをもう1本付け加えて、その紐を引っ張ることによって、残りの2本の紐を巻き上げるタイプのものです。前者の例は、ゲートン・ブルームやジョニー・トンプソン、後者の例は、フレッド・カップスやジョナサン・ニール・ブラウンです。
  2. まず、2本だけで行なう詳しいやり方は、また別の機会にでも解説しますので今回は割愛します。2本のスティックを片方の手にV字型に持って、もう片方の手で紐のタッセルを引いて、あたかも紐が繋がっているように見せたところまで手順が進んだとします。
  3. 観客がV字型の繋ぎ目の部分を疑いますから、ここで左右の手に1本ずつスティックを持って離して見せます。客は驚きます。次にスティックを十文字に重ねます。身体のやや正面に十文字に重ねたスティックを保持しながら左右のタッセルを引いて見せます。このとき、身体の左右の動きだけで錘は上手に動いてくれますから、タッセルを引く動きとスティックを十文字に持った左手の動きとを合わせます<写真5>
  4. <写真5>

  5. 何回かこの動きを行なったあと、最後に2本のスティックを再び左手にV字型に持ち直します。右手で内ポケットもしくはテーブルから3本目のスティックを取り出して加え、左脇の下に挟みます。このとき、このスティックを左手の前腕で下から支えます<写真6>。3本のスティックのタッセルを順に引いて行きますが、この引く順番は一定にしたほうが演技しやすいです。
  6. <写真6>

  7. いま3本のスティックを仮に、観客席から見て左からA,B,Cとします<写真6>。タッセルはAのスティックから下がっています。Bのタッセルを右手で下から掴んで引きに行きます。するとAが邪魔になりますから、Bのタッセルを引くと同時にAを上に持ち上げて、Aのタッセルを錘で引っ込ませます。身体の動作によってスティックを傾ける、というのは、このような動きのことです。
  8. 続いて、左脇に挟んだCのタッセル右手で下から引きに行きます。右手でCのタッセルを下方へ引きながら、この動きを邪魔しないように左手に持っている2本のスティックをやや上に上げます。この動きで、Bのタッセルが錘で引っ込みます。
  9. ただちに、右手でAのタッセルを下へ引きますが、このとき、左手の前腕でCのスティックをやや上に上げて、Cのタッセルが錘で下へ引っ込むようにするのです<写真7>
  10. <写真7>

  11. これで、3本のスティックが一巡しました。慣れてくるまでは、このA,B,Cの順のサイクルを繰り返したほうが無難です。2,3回繰り返したら、3本のスティックをひとつにまとめて終ります。

4.コメント

 チャイニーズ・スティックは、タネが単純で、それを知っているだけに、マジシャンは誰でも簡単にできそうな気がしている手品です。しかし、実際に練習してみると、スティックや紐の長さとか、錘の重さによってタッセルの引っ込むスピードやタイミングが異なり、これを上手に繋がっているように見せることの難しさにすぐに気がつきます。実際に、これを日本で演じている職業奇術師はほとんど見かけません。それは、タネがかなり広く知られていて広く普及した手品だからという意識のみならず、上手に演じるのが難しいからです。そうでなければ、これだけの世界のプロ・マジシャンが演じるわけはありませんし、2本で300ドル以上もする製品が売られるはずもありません。

ビル・イン・レモンの研究