麦谷眞里

シリンダー・アンド・コインの話(2)

ジャスティン・ミラー

 彼は数少ない3枚コイン派です。 前述のようにポール・ウィルソンにも3枚コインのルーティンがありますし、ダン・ワトキンスの手順も3枚コインです。 しかし、後の2人はギミックや哲学が異なるので、ラムゼイの手順を踏襲しつつ、コインの枚数を減らしているのはジャスティン・ミラーだけです。 コインはモルガン・ダラーを使っています。 「コイン奇術の練習曲」としての観点から言えば、コインの枚数が減るということは、消失のときにパームするコインの枚数が減るということですから、技術的には容易になります。 それがいいことかどうか、少し考えればわかりそうなものなのに、わからないところがジャスティン・ミラーの限界です。

 DVDで見る限り、クロース・アップ・テーブルの左右に観客を置いて演じています。 このような観客の配置で「シリンダー・アンド・コイン」を演じているのは、私の知る限りでは、ミラーとマイク・ギャロだけです。 アングルや、観客がシリンダーに興味を示して触ったりしないかという心配を考えると、なかなか危険な環境です。 実際に、彼のDVDにおいても、観客の女性が、シリンダーから現れたスタック・コイン(ギミック)を取り上げようとしてヒヤッとさせられます。
 ただ、後で詳しく述べますが、たとえばマイク・ギャロは、これをテーブル・ホッピングで演じる場合のリセット方法などに言及したりしていますから、観客が、シリンダーやスタック・コインに触れる危険性は常に考えておかねばならない、ということでしょう。 こんなふうに書くと、「クラシックマジック事典Ⅱ」に解説されている六人部氏の手順は、かなり演技環境を制限されるということがわかると思います。

ジャスティン・ミラーは、もちろん上手なのですが、感心しない点が、コインの枚数以外にもあります。 最初にウォンドやコインやコルクなどを観客に調べさせるのですが、シリンダーはポケットから出したままで、調べさせませんし、そのときに、同時に反対側の手にスタック・コインのギミックをパームして来るのです。 コルクやコインをシリンダーに通すこともしません。 つまり、ジョン・ラムゼイの手順の注意をことごとく無視しているのです。
 彼は、DVDの口上の中で、ジョン・ラムゼイの手順の素晴らしさと、このコイン奇術を練習することの効用や意義などを説いています。 また、道具についても販売している奇術材料店の名前まであげて、こと細かに説明しています。 しかし、彼の手順では、もっとも肝心な、演技の最初に、シリンダーとその中のコインとコルクをテーブルの上に置いて、マジシャンの両手が完全に空であることを示す動作ができないのです。
 なぜなら、彼の手順では、シリンダーをポケットから出しながら、スタック・コイン(ギミック)をパームして来なければいけないからです。 これは、マニアというか、プロというか、自分の技術がある一定以上に達した人が陥る悪い癖です。

 ジョン・ラムゼイは、あえて、ギミックをパームして来ない道を選んだのは明らかです。 そうでなければ、コルクを2個使って、シリンダーの中を通して見せたりはしません。 この手品の良さは、ギミックが始めからシリンダー(筒)の中に用意されているところにあるのです。 そのような、原案者の深い考えを無視して、自分の技術に溺れて、変な手順を考えるから、観客のおばさんにスタック・コインを掴まれようとして焦るのです。
 そのことは、ラムゼイの弟子であるアンドリュー・ギャロウエィの演技を見ると、もっとはっきりします。 彼は、最初と最後に、両手を広げて観客に見せるのです。 空の両手を見せてから、テーブルの上に置いてあるシリンダーとウォンドで演技に入いります。 もちろん、シリンダーとウォンドとを持って登場してきて、それらをテーブル上に置いてから両手が空であることを見せるという順序でもかまいません。 同じことです。

ジョン・カーニー

 ジョン・カーニーの「シリンダー・アンド・コイン」は、原案者のジョン・ラムゼイよりも、もっと完成していると言ってもいいかもしれません。 私が見た既存の「シリンダー・アンド・コイン」の中ではベストです。 たとえば、ジャコモ・ベルティーニのように、コインを消したあとで両手を見せることができるような派手さはありませんが、演技としては過不足がなく、かつ練習すれば誰でもできるような手順です。
 ものすごく不思議であっても、その人しかできなければアクロバットと同じで、われわれの練習する気を減衰させます。 その点でも、ジョン・カーニーの手順は優れています。 ただ、カーニーも、最初にコインをシリンダーに通したりはしませんし、最後の終わり方も、コルクを一気に4枚のコインに変えて、シリンダーからコルクを出して終わっています。

 ジョン・カーニーはアンドリュー・ギャロウエィの書いたラムゼイの本を熟読したと言っていますし、プロですから、試行錯誤の上、このような形が一番いいと思って、きっといまの手順に落ち着いたのでしょう。 確かに、カーニーのシリンダーの扱い方を見ると、本当に空に見えますので、これはこれでいいのかもしれません。
 何よりも、私がラムゼイの原案で違和感を持った2枚目のコインを手の甲に貫通させるハンドリングの変更と、私が気になった4枚目のコインのスティールのジェスチャーとタイミングが上手で感心しました。

 ちなみに、ジョン・カーニーも、最後こそ両手を見せませんが、演技の最初には、何気なく両手が空であることを見せています。 また、シリンダーの改め方も、ラムゼイのやり方よりも自然で、本当に空に見えます。
 もし、いまから、「シリンダー・アンド・コイン」を覚えるのであれば、ジョン・カーニーの手順がもっとも適していると言っても過言ではありません。

ジャコモ・ベルティーニ

 彼も、スタック・コインは、ポケットからパームしてきます。 ただし、シリンダーにコルクを通すところなどはラムゼイのやり方と同じです。 4枚のコインの消し方や扱い方は独特の技法とハンドリングで、とても不思議に見えます。
 特に、コインを消してから両手が空であることを見せる技法は、なかなか綺麗で練習してみたくなります。 サム・パームと中指のダウンズ・パーム(エッジ・パームと言うのかな?)を組み合わせた見せ方は非常によくできていてユニークです。 彼は、自分で、この「シリンダー・アンド・コイン」のセットを販売していて、私は、モルガン・ダラーのものを買いました<写真1>
 皮のシリンダーを一定の形状に保つ金属製の筒が付いているのは泣かせます。 しかも、ギミックも添付コインも音のしないソフト・コインを使っています。 値段は確か4万5000円でした。

 バーバーのハーフ・ダラーのセットもありましたので、ハーフ・ダラーを使われる方にも商品は提供されています。 ジャコモ・ベルティーニも、最後は、コルクを4枚のコインに変えて、それをテーブルに出しておしまいです。 どうも、最近のマジシャンは、すべてこの形のエンディングが多いようです。

<写真1>

マーク・デスーザ

 彼もモルガン・ダラーを使っていますが、彼が使っているスタック・コインは、トッド・ラーセンが作った、マグネティックの特別なもので、なんと、ドーナツ型のコインが一枚ずつバラバラになります。 4枚重ねた場合は、マグネットによって、この4枚がしっかりくっついていますから、まさにスタック・コインとして使えます。
 言い換えると、かなりずらして重ねることができるので、あたかも、実際のコインが重なっているように見せることのできるのが大きな利点です。 私も、トッド・ラーセンにこのマグネティック・スタック・コインの作製を頼んでありますが、まだ届きません。 大体、彼からは、いつも、注文して数箇月経って、忘れたころに、「待たせたな」というメモと一緒に届きます。
 昔は、トッド・ラーセンのそれぞれのギャフ・コインには値段が書いてあったのですが、その価格では製造できなくなったのか、あるいは値段を見て、いきなり注文してくる客が増えたのか、最近は値段が書いてありません。 ですから、モルガン・ダラーのスタック・コインが、いまいったいいくらなのか、買ってみないとわからないのが実情です。 なかなかやっかいなおじさんです。

 マーク・デスーザの手順は、ほぼジョン・ラムゼイの原案を踏襲したもので、演技も滑らかで好感が持てます。 ただし、彼も、4枚のコインを最初にシリンダーに通したり、最後にコインをシリンダーに入れ戻したりはしません。 これは、やはり時代のちがいでしょうか?コルクが一瞬のうちに4枚のコインに変化した時点で、シリンダーをウォンドでクルクルやれば、まあ、シリンダーの中に何かあるのではないかと疑問に思う観客もいないということだと思います。
 マーク・デスーザは、解説の部分が良くて、ラムゼイはもちろん、ダイ・ヴァーノンのポーカー・チップのバージョンを始め、いろんなマジシャンの「シリンダー・アンド・コイン」に言及している点が参考になります。

マイク・ギャロ

 合衆国ニューヨーク州バッファローで育ったアメリカ人なのに、どうも私には彼の英語が聞き取りにくいのです。理由はよくわかりません。
 私がアメリカに住んでいたころ、彼はニューヨークのタネン奇術店(いまの店ではなくて前の店)でディーラーをしていました。 英語はともかく、マイク・ギャロは、「シリンダー・アンド・コイン」をハーフ・ダラーで演じます。 ずいぶん昔に出た「サイアミ-ズ・コイン」に収録されている「シリンダー・アンド・コイン」の演技を見ると、荒っぽくて雑で、私は感心しませんでした。 ところが、新しいDVDでは、手順もハンドリングも格段に洗練されていて、人前で数多く演技したことを推測させます。 使うのもフランクリンのハーフ・ダラーで、通常、フランクリンのギャフ・コインは少ないですから、それだけでも洒落た道具立てだと言わねばなりません。
 もうひとつ特徴的なのは彼の演技スタイルです。 ニューヨーク・コインのDVDでは、立って演じていますが、彼自身の手品を集めたDVDでは、ジャスティン・ミラーのところで述べたように、ラス・ベガス・スタイルで、テーブルの両側に観客を2人置いて、なんと座ったままで演じています。
 「シリンダー・アンド・コイン」を座ったままで演じるのは、私などにはかなり抵抗があります。 特に、シリンダーを空に見せるところで、上下や左右のアングルに気を使わねばなりません。 そういう意味では、マイク・ギャロは、相当の手練れです。 この人は、いまはプロ・マジシャンだそうですが、どの手品もマニア好みで、特に、観客の選んだボールが食塩の瓶に入いってしまう、”Shakesphere”という作品は、商品として売り出してくれれば、私などは絶対に買うのに、と思ってしまうほどです。

 さて、彼の「シリンダー・アンド・コイン」は、ウォンドを使うことや2枚目のコインを手の甲に貫通させるところなど、基本的な流れはジョン・ラムゼイの手順を踏襲しているものの、4枚のコインを一枚ずつ消して行くハンドリングは、彼独特のもので、スパイダー・バニッシュと呼称されている消し方も織り込んでいます。 全体に無理のないハンドリングで、練習すれば標準的なマジシャンなら到達可能なレベルです。
 何より好感が持てるのは、ラムゼイの原案が尊重されていることで、ポケットから、スタック・コインも4枚のコインもコルクも何もかもセットされたシリンダーを出して来て演じ、最後に、そのまま元通りにしてポケットにしまいます。 もちろん、そのためには、シリンダーに、底を塞ぐキャップと、上蓋が付いていて、その全体を輪ゴムで留めるようになっています。 上下にキャップの付いている似たようなシリンダーはスコッティー・ヨークも使っていて、ちょっとグロテスクな形で私はあまり好きではありませんが、そっちのほうは95ドル(約1万円)で商品として販売されています。
 したがって、当然ながら、最初と最後に両手は完全に空であることを見せることが可能ですし、ウォンドを上着の内ポケットに入れて登場すれば、最初はまったく両手に何も持っていない状態です。 これは、私(麦谷)のもっとも好むクロース・アップ・マジックの形です。
 加えて、マイク・ギャロは、最初だけではなく、最後にもコルクをシリンダーに通して、あたかもシリンダーが空であるように見せます。 さすがに、コインを通すことはしませんが、この動作は、ラムゼイが拘っていた箇所です。 演技の綺麗さではジョン・カーニーが優勢であるにしても、自分でやってみたいと思わせる、マニア的な視点からすれば、マイク・ギャロに軍配が上がります。

ポール・ウィルソン

 前述のように彼の「シリンダー・アンド・コイン」は2種類あります。
 ひとつ目は、L&Lがシリーズで販売している寄せ集めのクロース・アップ・マジックのDVDに収録されているもので、3枚のモルガン・ダラーを使うものです。 この手順の最大の特徴は、スタック・コインが、いわゆるホロー・シェルとかリセスとか呼ばれる穴の開いたものではなくて、単に、3枚のコインをくっつけただけの、まさにスタック・コインであることです。 したがって、加工した特殊なギャフ・コインが要らないので、金属用接着剤などですぐにギミックが作れることです。 これはこれで扱いが容易になりますから、ハンドリングの幅が広がりますが、やはり、ラムゼイの「シリンダー・アンド・コイン」とは似て非なるものになってしまっています。
 ふたつ目は、ラムゼイの正統的な「シリンダー・アンド・コイン」をちょっと違うギミックで演じるもので、これは用具とともに単売されています<写真2>

<写真2>

 問題は、これがあくまでも、販売されている用具の解説として添付されてくるもので、ウォンドも含めて、何もかも付いてくるジョー・ポーパーの商品ですが、価格が1200ドル(約12万円)もすることです<写真3>

<写真3>

 ラムゼイの「シリンダー・アンド・コイン」のシリンダーとギャフ・スタックに1200ドル払うかと言われると、逡巡するのが普通です。 ただし、たとえば、箱の中にセットとして入いっている螺子切りのウォンドは、単品でも200ドル(約2万円)する商品ですし、そもそも、ギャフ・コインが、通常のホロー・シェル・タイプのものではないため、おそらく製作するには、かなりの技術が必要とされるものと思います。
 かつ、コルクではなくて特殊なペニーを使いますので、その点でも、通常の手順とは異なります。さらに、このセットには、ラトルも付いているため、そういうもろもろのジョー・ポーパー仕様を勘案すると、総合計は1200ドルなのかな、という気もします。それにしても、ジョー・ポーパーのほかの製品群の価格、ゴースト・リング450ドル(約4万5000円)、フィンガーリング695ドル(約7万円)、あの小さな「マルチンカの椅子」750ドル(約7万5000円)であることを考えると、相対的には、高価な部類に入いる代物です。
 さて、それだけの投資をして、見合うかというと、これは複雑な評価です。仮に、「シリンダー・アンド・コイン」のギミックややり方を熟知しているマニアが見ていると、たぶん相当驚きます。おそらく信じがたい現象だと思います。マニアでない普通の観客からは、まったく同じように見えますので、現象としては、ラムゼイの「シリンダー・アンド・コイン」とほとんど同じ手品です。ただ、マジシャン側の演じやすさは、こちらのほうが上かもしれません。

 まだ販売されている商品なので詳しくは書きませんが、たとえば、最初にシリンダーを持ち上げて、4枚重ねのコインと、一枚のペニー(別にコルクでもかまいません)を示したとき、通常のやり方では手に持ったシリンダーの中にウォンドを入れてクルクル回し、あたかもシリンダーが空であることを見せますが、このギミックでは、この段階で、両手もシリンダーも完全に空であることを見せることができます。また、コインを一枚ずつ消すのではなくて、4枚をまとめて握り、振って音を確かめたあとで、一瞬にして消す手順も解説されています。

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