麦谷眞里

シリンダー・アンド・コインの話(1)

はじめに

 ジョン・ラムゼイの「シリンダー・アンド・コイン」は、1948年、ビクター・ファレリーによって、35ページ、写真47葉の単売の小冊子として販売されました<写真1>

<写真1>

 したがって、すでに60年近い歴史がありますし、1970年代には、日本のアマチュア・マジシャンの中にもこれを演じる人がいました。
 私が、「シリンダー・アンド・コイン」の詳細な解説を初めて手にしたのは、この1948年刊の冊子ではなくて、ジョン・ラムゼイの弟子だった英国のアンドリュー・ギャロウェイが、それから約30年後の1977年に著した、”The Ramsay Classics”という本でした。
 これは、その後、次々と続編が刊行されて、”The Ramsay Finale”(1982年)と、1969年に一旦刊行されたものを大改訂して出した、”The Ramsay Legend”(1985年)とを合わせて、ジョン・ラムゼイの3部作になっています<写真2>

<写真2>

 それ以前にも、1967年には、ルイス・ギャンソンが、「ザ・アート・オブ・クロース・アップ・マジック」にラムゼイの原案を元にしたダイ・ヴァーノンの「シリンダー・アンド・コイン」の手順を収録・紹介していますので、年代的には1970年代に日本に紹介されたと想定して、そんなに大きな誤りはないと思われます。
 私が、「シリンダー・アンド・コイン」の実際の演技を初めて見たのも、1970年代の後半だったと思います。 確か「カリヨン」の会で、出席していた誰かが演じて見せてくれたものだと思います。 演者は忘れましたが、あのころは、そういうハイテクニックものが一種のブームだったので、それほどの手練れでなくても演じていました。 実は、そのときの第一印象がずっとこの手品に対する私の「トラウマ」になっていました。 もし、そのとき、この同じ手品を故片倉雄一君が私に見せていたのなら、もっと違った印象を持っていたかもしれません。

 これは、決してそのとき私に見せたくれた人の演技が下手くそだったということではありません。 おそらく、当時解説されていたジョン・ラムゼイの演技に忠実に一所懸命演じていたのです。 その「ひたむきさ」がかえって、演技の面白さを損ねていました。 私は、どうしてコルクが必要なのだろう?と思ったり、コルクをシリンダーに通して見せる箇所を胡散臭いな、と思ったりして見ていました。 4枚のコインが一枚ずつ消えるところは、一度もポケットなどを使わないわけですから、それなりに感心しましたが、あまり不思議だとは思いませんでした。 そして、シリンダーを上げて、重なったコインが現れたとき、コルクの下にせっかく重なったコインが現れたのなら、どうして、持っているウォンドでコインを崩さないのかな?そのほうが演技としてはエレガントなのに、と思ったのです。
 そして、すぐに、コインがスタックで、その中にもうひとつコルクがあると思ってしまったのです。 その当時の私には、そういう仕掛けがわかってしまうと、その「シリンダー・アンド・コイン」そのものが急に色褪せて見えました。

 そもそも、原案者のジョン・ラムゼイ自身の演技を観たことがありませんでした。ところが、2008年11月号の”Genii” は、ジョン・ラムゼイの特集で、しかも、なんと、ラムゼイ自身の「シリンダー・アンド・コイン」の演技を収録したDVDが付いていたのです。早速、そのDVDを観てみたのは言うまでもありません。かつて、それほど不思議とも面白いとも思わなかった「シリンダー・アンド・コイン」が、ラムゼイの、自然でリズミカルな演技で観ると、とても不思議に見え、かつ面白いと感じました。さすがに原案者は、無駄な動きがなく、コインの扱いも上手です。驚いたのは、コルクだけでなく、4枚のコインもシリンダーの中を一度通していたことで、このハンドリングは、最近のマジシャンでは見かけることのなかったものでした。

 私は、最初の印象がよくなかったせいか、その後も、いろんなマジシャンの「シリンダー・アンド・コイン」を見ましたが、確かにコイン・マジックの「練習曲」としては素晴らしい作品であるにもかかわらず、これが、手品のマニアでない普通のひとにとっても面白いか?となると、依然として疑問の残る手順だと思っていました。 ただ、ずっと心に残っていて、一時期、自分でも練習してみたことはありました。
 当時私が使っていたのは、ケネディの普通のハーフ・ダラー4枚とジョンソンのスタック・オブ・ハーブズに使われている5枚重ねのギミックでした。 このギミックなら、いまでも30ドル(約3000円)で容易に入手できますが、当然ながら5枚のスタックですので、通常用いられるラムゼイ用の4枚スタックより厚みが一枚分厚くなります。
 もっとも、このギミックが観客の目の前に現れている時間は、そんなに長時間ではありませんので、観客がそのことに気づくことは、まずありません。 ラムゼイ自身のコインの大きさは、DVDで見る限りダラー・サイズのコインに見えます。 ただし、解説では、ハーフ・ダラーでもいいと書いてあります。

 実際、市販されているギミックは、ハーフ・ダラー・サイズのものとダラー・サイズのものと両方あります。 たとえば、ジャコモ・ベルティーニは、モルガン・ダラーを使っていますし、マイク・ギャロは、フランクリンのハーフ・ダラーを使っています。 日本でも、かつては売られていたようですが、あまり人気がないのか、最近ではどこにも在庫がないように見受けられます。 クライスの中島さんにも訊いてみましたが、いまのところ、スタック・コインは作っていないとの返事でした。

 さて、いまさら、ジョン・ラムゼイの手順をここで解説しようと言うのではありません。まず、私が実際の演技やDVDなどで見た「シリンダー・アンド・コイン」のマジシャンの手順を順不同で上げますと、次の通りです(敬称略)。ジョン・ラムゼイ、アンドリュー・ギャロウエィ、ジョン・カーニー、ジャコモ・ベルティー二、マーク・デスーザ、マイク・ギャロ、ポール・ウィルソン、ダン・ワトキンス、ジャスティン・ミラー、六人部慶彦。
 このうち、ポール・ウィルソンの手順は2種類あって、3枚のコインしか用いないものと、4枚使うものとがあります。どちらの手順もラムゼイの正統的なやり方とはやや異なります。特に前者は、スタックのギミック・コインを使わないユニークな手順で、そういう意味ではラムゼイの作品とは思想が異なるとも言えます。

 このほか、かつてトーマス・ウェインという人が、この「シリンダー・アンド・コイン」のためのシリンダーやスタック・コイン付きのセットを販売していて、マニアの間では有名ですが、私は購入していませんし、彼の演技を見たこともありません。また、トム・マリカのビデオにも収録されているらしいのですが、私は、もうビデオ・テープは見ないと思い、すべて箱に入れて積んでしまってあるので、とても探せないから見ていません。

 さて、さきほど1970年代にはもう日本である程度普及していた、と書きましたが、そもそものラムゼイの原案がいつごろ日本に紹介されたのか、正確なところは私にはわかりません。力書房系の出版物や連盟の「奇術界報」には見当たりません。これほどのコイン奇術で、しかも1948年に詳細なやり方が冊子で発表されているのですから、何らかの形で、日本語の解説になっているものと思われます。もし、ご存知の方がおられましたら、ご教示願えればありがたいです。ちなみに、六人部慶彦氏の手順は、松田道弘さんの「クラシックマジック事典Ⅱ」(東京堂出版)に収められています。

ラムゼイの原案

 まず、話の展開のために、原案がどのような現象であるかを整理しておこうと思います。 [現象]マジシャンは、小さなコルクと筒(シリンダー)と4枚の銀貨を示し、テーブルの上にコルクだけを置いて、その上に筒をかぶせます。コルクは銀貨の径よりもかなり小さなものです。次に、4枚の銀貨を一枚ずつ消して行きます。この間、ポケットなどは使いません。銀貨が4枚とも消えたら、テーブルの上の筒を持ち上げますが、なんと、消えたはずの4枚の銀貨が、コルクの下に重なって置かれています。そこで、今度は、コルクだけを取り上げ、テーブルに4枚の銀貨を置いたまま、その上に筒をかぶせます。コルクを手に握ると、なんと4枚の銀貨に変わります。テーブル上の筒を取り上げると、さっきまであった4枚の銀貨はコルクに変わっています。

必要なもの

 4枚のスタック・コインを使います<写真3>。コルクは2個あります。ビクター・ファレリーの記述によれば、コルクのサイズは、直径が約2センチ、厚さが0.5センチということになっています。筒(シリンダー)は、高さが約5センチで、径はコインがちょうど入る程度のものです。筒の材質ですが、ラムゼイは紙製の筒を銀色に塗って用いていました。最近では、皮製のシリンダーを使うマジシャンが多くて、そのための専門の奇術材料店もあります。シリンダーだけを販売していて、ダラー・サイズのもので35ドル(約3500円)から100ドル(約1万円)くらいまでさまざまな種類があります<写真3>。このほか、あたりまえですが、普通の銀貨(コイン)が4枚必要です。マジック・ウォンドは、ラムゼイ自身は使っていますが、最近では、使う人と使わない人と両方います。

<写真3>

手順で気づいたこと

いまさら[やり方]を詳しくは書きませんが、今回、この原稿を書くために、改めて解説をつぶさに読んでみると、いろんなことに気づきました。ただし、これは、あくまでも私(麦谷)が気づいたのであって、これを読まれている方の中には、そんなことはとっくに知っていた、と思われる方がいらっしゃるかもしれません。そのいくつかを書いてみます。

  1. ラムゼイは、この手順を、手品のマニア相手に演じることを想定していたこと。したがって、マニアをひっかけるための多くのフェイントがハンドリングに仕組まれています。
  2. スタック・コイン(解説では、「ホロー・シェル」と書かれていますが、そんなふうに呼んでも日本では馴染みがないのでスタック・コインと書きます)の存在を知っている手品マニアをもひっかけようと手順が構成されていること。演技の最初に、ノーマルの4枚のコインをあたかもスタック・コインのように扱うところなどは、まさにマニア相手以外の何ものでもありません。驚くべきことです。
  3. 最初に、4枚のコインを改めるところで、一枚ずつシリンダーに入れていること。このような演技は、最近のマジシャンではほとんど見られません。
  4. 最後の終わり方でも、周到に、スタック・コインを使っていないということを見せるために考えられていること。解説には、この終わり方を省略してはいけない、と注意喚起されているにもかかわらず、近年の多くのマジシャンは、かなり有名な人でも、コルクが4枚のコインに変わり、シリンダーを持ち上げて、そこにコルクが見えた段階で終わりにしています。
  5. コルクの扱い方にも、かなり詳細に気配りがなされていること。私自身も、いつの間にか、コルクそのものの扱い方は甘くなっていて、最後の段階で出現した4枚目のコインの裏側に隠すことなどは、まったく頓着していませんでした。

 以上は、気づいたほんの一部ですが、こんなふうに改めて解説を読むと、ラムゼイの原案は、よく考えられていて、かなり完成された手順であることがわかります。

考察

私の驚きは、ラムゼイが、この手順を手品マニア相手に構成したということです。
実際に、当時、高名なマジシャン達にも見せて煙に巻いていたようです。 それは、ラムゼイの手練をもってすれば、確かにそのような効果があるのかもしれませんが、たとえば、2枚目のコインを手の甲に押し当てて貫通させるところのハンドリングは気に入りませんし、4枚目のコインを消すところで、左手にエッジでパームしている4枚のコインを右手でサム・パームする箇所は、マニアでなくても、何かやっているように見えます。私には、サム・パームではありませんが、同じような動作でクライマックスを演出するロス・バートラムの「パッシング・ザ・ハーフバックス」のほうが自然な感じがします。
 もっと素朴な疑問は、どうせマニアを驚かそうと思って、スタック・コインを使ったのなら、4枚のコインを消す段階でも、なぜもっと思いきって、フリッパー・コインやシェル・コインなどのギャフ・コインを徹底的に使わなかったのか、ということです。 もちろん、それには、その当時のギャフ・コインの開発・発展度合いが近年ほどではなかったことにも起因しますが、ここはやはり、「ミスディレクションの練習」と、「コイン・マジックの練習曲」としての位置付けで、マニアを相手に、ラムゼイ自身の技術を誇示しつつ、この手順を使ってコイン・マジックを練習しろという趣旨だったという気がします。

 今回のテーマでは、このラムゼイの手順の難しい箇所をなんとかギャフ・コインでやさしく克服することに力点を置きたいと思います。 その前に、他のマジシャンは、どのようにしているのか、渉猟してポイントを採り上げてみます。

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