マジシャンの心掛けとして「サーストンの三原則」というのが日本では良く知られている。不思議なことにこれは欧米では全く知られておらずその出所が謎になっていたが、近年その全体像が明らかになってきた。
奇術研究家だった坂本種芳氏が「サーストンの奇術演出の三原則」として昭和12年12月号のTAMC会報上に紹介したのがその初見であるが、その元は、サーストンが一般向けに市販したThurston’s Magic Box of Candyというマジックの付録が付いたキャンディ箱の中の解説書で、それを抜き出したものだったらしいことが突き止められている。
一方、マジック関連のコレクションやマジック史の研究が盛んに行われてきている欧米では、そういったものに取り組む上での心得として「三Cの原則」(The three C’s principle)というのが広く知られるようになっている。サーストンの三原則とは対照的にこちらの方は日本では全くと言っていいほど知られていない。
これは過去40年にわたるマジック史研究で多くの著作をものにし、奇術史研究の第一人者とも言われている英国のエドウィン・ドーズ氏(Edwin A. Dawes:注1、2)が提唱したものである。
その三つの「C」とは、Collect(コレクト:収集する)、Collate(コレイト:整理する)、Communicate(コミュニケイト:問い掛ける)を言う。
1. コレクト: これは判りやすい。何らかの動機があって様々な資料を集めることを言うが、歴史研究となれば、昔の用具・ポスター・ビラ・教本・書籍といったものだけでなく、当時の新聞雑誌記事・写真、更には家族も含めたマジシャン自身の記録なども対象になってくる。
2. コレイト: これは集めたものを資料として使えるようにカタログ化(目録化)し、いつでも参照できるようにすることである。即ち、集めたものの一点一点について、いつ・どこで・誰の手によって作られた(記録された)のかなどの視点で整理し、史実の分析につなげることである。
3. コミュニケイト: とはいえ出所不明の収集物にどういう意味や信頼性があるのかを見極めるのは難しいケースが多く、研究仲間との「コミュニケイト」が必要になってくる。人によって収集物も違えば経験や知見も異なるので、これによってわかることも少なくないからだ。
長年の実績や経験に裏付けされたこの三つの視点は、歴史を正しく見極める上でどれもが等しく重みをもつ大事な要素であることが理解できるが、改めて眺めてみると、この三原則はマジック史に限らず、広い意味での歴史研究やコレクションに関しても有益な視点を与えてくれる。確かに、どの分野でも経験を積んでいくと、多かれ少なかれ「コレクト」に興味を持つ人が増えてくる。そして「コレイト」したものが個人の趣味を超えて公に供されはじめるとデータベースとしての活用価値が高まることになり、更に「コミュニケイト」を経て収集物の解釈が検証されると研究成果の信頼度が増すことになって史実の理解が進んでいくのである。
エドウィン・ドーズの「三Cの原則」はマジックに限らず芸能文化の過去の発展経緯を解き明かし、次なる発展に寄与しようとする学徒に対して欠かせない視点を示してくれているようだ。
注1:The Magic Circular紙に1972年以来毎月連載してきた ”A Rich Cabinet of Magical Curiosities” が特に有名で、これはいまなお継続執筆されている。氏は英国奇術界では人間国宝(National Treasure)とも言われ、世界中から敬愛されている存在。 FISMが2006年に創設したHistory, Research & Scholarship部門の第一回目の受賞者でもある。
注2:「三つのC」というのは各方面でいろいろ考えられているものがある。例えば、経営を考える上での三つの要素としてのCompany(自社), Competitor(競合他社), Customer(顧客)などはその一例。