松山光伸

マジシャンが心すべき新たな13原則
第3回

ロベルト・ジョビーが提示した新13原則

 現在では、デクロンの13原則はほとんど知られていないと言ってもいいでしょう。 何せ二百年以上も前に出されたマジック書であり、そこに書かれている「心得」には似通った注意点の繰り返しがあったり、注意すべき点が偏ったりしていてバランスを欠いていたことが一因だと感じます。

ロベルト・ジョビー

 ところが現代に相応しい新たな13の原則が提唱され、広く知られるようになりました。それを提示したのはロベルト・ジョビー(Roberto Giobbi)です。氏は1959年にイタリア人の両親の元でスイスで生まれ、若い時から理論面でも実演面でも世界的に名高いアスカニオやタマリッツというマジシャンなどに接しながらマジックのあるべき姿を追求してきた人物です。もともとは数学や自然科学を専攻していたのですが途中から文学や言語学の方が向いているとわかり6か国語を自由に操るようになったといいます。彼は1988年のFISMのカード部門で入賞したのを機に19歳からプロに転じていますのですでにプロ生活だけでも約30年になりますが、マジシャンとして身を立ててからは多くの著作や寄稿(雑誌だけで50誌超)を行っており、現在では著作とレクチャー活動に精力的に取り組んでいます。マジックはアートと言われて久しいですがマジックの背景にはアカデミックな理論が必ずあるとの視点を持っており、2015年のFISMでは“Theory & Philosophy”に関する特別賞を受けており、その分野では知らない人はいないと言えるほどの第一人者です。ちなみにカード・カレッジ(Card College)と呼ばれる有名な5巻本は世界の主要言語に翻訳されカーディシャンにはもっとも広く支持されている参考書になっていることはよく知られています(日本語版は4巻目まで出ています)。

 その彼は、マジック専門誌であるGENII誌上でマジックのセオリーをテーマとした連載を長年にわたってしていますが、同誌の2012年9月号で提唱した “The 13 Golden Rules of Magic” が今回紹介する新たな13原則です。氏いわく「オンリ・デクロンの13原則に触発されたには違いないが、数十年にわたってプロとして演じてきた私の経験を踏まえて、次の世代のマジシャンの成功への足掛かりにして欲しいと思って見直した」と言っています。何はともあれその項目を見てみましょう。

  1. 【演目の十分な理解】客の前で演じるに際しては、現象と方法を完全に理解しておくこと。
  2. 【十分な練習】練習や試演を何度も繰り返していないトリックは決して演じないこと。
  3. 【事前説明禁止】やろうとすることをあらかじめ伝えないこと。
  4. 【二度見せ禁止】同じトリックをその日に同じ客に繰り返し演じないこと。
  5. 【演目数は少なく】トリックを数多く演じすぎないこと。
  6. 【客と演者の関係】あなたが接してほしいようにお客さんに接することを心がけること。
  7. 【種明かし禁止】トリックのタネは誰にも教えないこと。
  8. 【多様化】いくつものトリックを演ずる時は、違う種類の現象や異なる原理に基づくもので構成すること。
  9. 【話に深みを】特別な演出をするのであればそれについての知的な話をできるようにすること。
  10. 【オリジナリティの注意点】 オリジナリティを加えることは重要ですが元々の良い現象を台無しにしないこと。
  11. 【超常現象とは違う奇術】超能力的なものの存在を感じさせるのでなく演出を楽しんでもらうこと。
  12. 【奇術の芸術性】マジックとは不思議さを演ずるアートであると知ること。
  13. 【楽しんでもらう心】マジシャンを目指した初心に立ち返って客とその楽しみを分かち合うこと。

 この13項目には、それぞれカッコで示したような切り口(表題)があって、その切り口ごとに「あるべき原則」を示すという形がとられています。これによってデクロンの項目に見られた似通った内容のものは省略したり、一つの項目にまとめたりした上で、新たに「芸術性」や「客との関係」など広範な視点から注意すべき心得を加えて見直したことが伺い知れます。各項目には、その具体的な意味合いも書かれていますので、興味のある方は以下URLにある原文を参考にしてください。

http://www.robertogiobbi.com/Golden-Rules-of-Magic-by-Roberto-Giobbi-Revised

 この中には、どこかで聞いたことのある文言がある、と思われた方がいるかも知れませんが、その方はかなりの勉強家だと思います。多くのことばは過去の巨匠が述べたことや、それをロベルトの表現で若干言い換えたもので、先人が残した貴重な言葉の集大成といった感があります。
最初の2つは基本中の基本で、その初見がいつまで遡れるのかわからないほどのものです。3,4,7番の各項目は、日本でサーストンの三原則として知られてきたものですが、すでに見てきたように、元を正せば、ホフマンの “Modern Magic” 以前からことあるごとに言われてきた項目です。6番はネイト・ライプジック(Nate Leipzig:注6)の有名な言葉 “People like being fooled by a gentleman”(人は紳士の演技に騙されるのを好む) の言い換えと言っていいでしょうし、10番はアル・ベイカー(Al Baker)の “Many a good trick has been ruined by improvement”(多くの場合改案されたことで原案の良さを壊されています) そのものです。5番は次に示すサマセット・モームの有名なジョーク(マジシャンと一般の人との会話)を思い出させます。

“Do you like card tricks?” (「カード奇術はお好きですか」)

“No, I hate card tricks,” I answered. (「いえカード奇術は嫌いです」と答えました。)

“Well, I'll just show you this one.” (「では一つだけお見せしましょう」)

He showed me three. (彼は3つも演じました。)

 13項目もあると多すぎて覚えられないという印象を受ける方も多いと思いますが、演技で使うセリフとは違いますから覚える必要はありません。紙に書いて壁に貼っておくだけでいいのです。ロベルト・ジョビーの言葉というより彼が選りすぐった金言と理解して、時々目にしてみる価値は多大です。

 注6:米国在住だったためライプツィヒではなくライプジッグと呼ばれていました。

 もちろんこの13原則はステージ・マジシャンであれクロースアップ・マジシャンであれ、共通に心すべきポイントです。ただクロースアップ・マジシャンは客とのやりとりが避けられないため、演技の途中で予想外の突っ込みを受ける危険性は少なからずありますし、また、ともすると演者の上目線の演技に客が反感を持って場の雰囲気が損なわれる恐れもありますから、その意味でクロースアップ・マジシャンに対して、よりよい観客との関係を築くためのアドバイスが織り込まれているように感じます。
いまでは、世界最大の愛好家の組織IBM(国際奇術家協会:International Brotherhood of Magicians)でも、そのウェブサイトで会員向けに無償配布されている “Introduction of Card Magic”(PDFファイル) の中でこの新たな13原則が紹介されており今日のスタンダードな考え方として広まってきています。「サーストンの三原則」は日本でそれなりの役割を果たし親しまれてきましたが、もはや世界の中ではガラパゴス化しつつあると言えるでしょう。

蛇足

 実は新たな13原則が提示される前まで、英米の専門家の中では「24のルール」というのがもっとも知られたものでした。1911年に出版された “Our Magic” の中に書かれているものです。

Our Magic, 1911

 これは、ネビル・マスケリン(Nevil Maskelyne)とデビッド・デバント(David Devant)の共著による3部構成の本で、Nevil Maskelyne(英国の黄金期を作った有名なJohn Nevil Maskelyneの息子)が第1部の “The Art in Magic”(マジックにおけるアート)と、第2部の “The Theory of Magic”(マジックで使われる様々な原理)を担当しそこに彼のマジック理論が展開されています。「24のルール」というのはその第1部に記されているもので項目ごとに詳細な考察がなされています。
 第一部の “The Art in Magic”で述べられていることからも想像できるように「24のルール」というのはロベルト・ジョビーの新13原則の12番目にある「奇術の芸術性」(Magic is an Art)について詳細に語られたものとも言えます。
換言すれば、芸術的な側面がマジックには重要だということが100年以上前から指摘されていたというわけです(注7)
ちなみに、第3部は ”The Practice of Magic”(演技の実践)で、当代随一のマジシャンだったDavid Devantが主要な演目ごとに演じ方のポイントを解説しています。 古今東西のマジック書に詳しかった前述のH. Adrian Smith(SAMとIBMの双方の会長を歴任)は、特に重要な10冊のマジック書というのをリストアップしたことがありますが、このOur Magicはその名著の一冊に取り上げられており、こちらも興味ある方は一度目を通される価値ある一冊です。

 注7:Our Magicの第一部は加藤英夫氏によって一度翻訳がなされており「24のルール」はそこに紹介されています(マリックエンターテイメント刊、2004年1月)。

【2017-7-26記】

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