コインが手の中で劇的に変化するという奇術はなかなか魅力的です。それを近代的手順に仕上げたダイ・バーノンの作品に「Spellbound」と題する奇術があります。そして、コイン奇術研究家とした知られるデービッド・ロスがその後「Wild Coins」と題する作品を発表しています。
筆者はその各々について違和感を禁じえませんでした。観ると、Spellboundの場合には銅貨が銀貨に、銀貨が銅貨にという具合に目まぐるしく変化するため、観客として何が何なのかがこんがらかってしまうのです。
一方、Wild Coins の場合には錬金術的演出であり、銅貨が銀貨などに変化するところはわかりやすいと思いました。ところが最後に銀貨に変化した銅貨が全部元の銅貨に戻ってしまうというエンディングになっているのは残念です。
それでは中世の偽錬金術と同じではありませんか。なぜ、そういう演出になるかというと、実は舞台裏に事情があり、種の処理の都合上でそういうことになるのでした。
筆者はこのように不満を感じていたので、いろいろな研究で欠点を取り除き、自然な流れの手順を構成し、エンディングでは銅貨から変化した金貨は4枚とも金貨であることを確認してクライマックスとする方法を開発しました。
そこで題名も「錬金術」(Alchemy)としました。
この手順の効果を連続写真で表現しておきます。
写真1 カップをあけると |
写真2 中からコインが出て来る |
写真3 銅貨4枚である |
写真4 黒光りしている裏表をあらためる |
写真5 1枚を左右の手で見せ |
写真6 それを左手に投ずる |
写真7 袖をたくしあげると |
写真8 銅貨が金貨に変わる |
写真9 裏もピカピカである |
写真10 金貨をカップに入れ |
写真11 次の銅貨を取り |
写真12 左手に置くと金貨に変わる |
写真13 裏もピカピカである |
写真14 金貨をカップに入れる |
写真15 第三の銅貨を取る |
写真16 こちらが表 |
写真17 左手に銅貨を置き |
写真18 袖を手繰ると |
写真19 金貨に変わる |
写真20 裏もピカピカである |
写真21 金貨をカップに入れる |
写真22 最後の銅貨である |
写真23 表は黒い |
写真24 裏も真っ黒である |
写真25 こすると金貨に変わる |
写真26 裏もピカピカである |
写真27 確かに金貨である |
写真28 金貨をカップに入れる |
写真29
カップの中身を検めると確かに金貨4枚である |
コインの変化の要具には、しばしば西洋のコインと中国の穴あきコインという組み合わせが用いられます。それは見た目で、違いがはっきりするからとエキゾチックなコインの魅力のためでしょう。
しかし、この手順は「錬金術」を標ぼうしますから、使うのは黒っぽい銅貨と金色に輝く金貨という組み合わせを提案することにしました。銅貨が4枚、金貨が5枚必要です。
筆者が良いと思う銅貨は十進法になる前の英国のペニーです。このコインはビクトリア女王時代から同じコインが使われ続けてきたので、古いものは表面がすり減っており、黒錆で黒光りするのもよく見られます。それがまだ茶色く光っている新しいエリザベス女王のペニーと混ざって最後まで流通していました。
十進法変更後の現在はこのぺ二―は古銭なのですが、大量に流通していたコインですから古銭商で簡単に入手できると思います。
問題はそのサイズ(直径30mm)の金貨です。正直、筆者はこれに向く金貨の情報を持ち合わせません。世界で、金貨は現在でも発行されることがありますが、だいだいコレクターの引き出しに収まってしまい流通しません。仮に直径30㎜の金貨が発行されると、大変高価になると思います。
世の中には一見金貨に見える疑似コインがあり、サイズもいろいろです。ただ大きいものが多く、筆者もサイズがペニーと合う金貨に見えるものをさがしているところです。
ところで、最後に4枚が全部金貨であることを示すためには種が必要です。筆者は2008年にその種をボール紙で手作製しました。用いるカップは不透明なプラスチックか金属のものがよく、種はセロテープなどで簡単にセットできます。その種の設計図を紹介しておきます。<図30>
図30
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なお、最後にコインを一枚処分する目的のためにカップの底にゴム粘土をくっつけておくことをお勧めします。
種のカップに銅貨4枚、金貨4枚をセットします。
そのほかに金貨がもう一枚必要です。それを右手にクラシックパームするのが準備です。
1.まず、コインをクラシックパームしている右手でカップを掴み、90度左に傾けて、口が左を向くようにします。このカップは90度傾くと銅貨が出て来る設計になっていますので、銅貨4枚がテーブルの上に出てきます。
カップをテーブルの右側に置き、銅貨4枚をテーブルの上に横一列に並べます。そして、右手で右側の2枚を裏返しし、左側の2枚を左手で裏返しします。
もちろん、このとき、右手にクラシックパームされたコインがちらつかないように注意が必要です。
2.右手の指先で右端の銅貨を取りあげて観客に示し、そのコインを左手に放り、左手の指先でそれを受取ります。
3.左手はコインを受け取り、それを指先に持ち直して、それを右手に放り戻します。このときは右手がコインを一枚クラシックパームしていますからコイン同士がぶつかって音を立てることがないように注意が必要です。
そのためには右手を垂直に指が下向きになるようにして、指だけが水平になるように構えて、そこで左手からのコインを受け止めます。<写真31>
写真31
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4.右手で受け取ったコインを再び指先に持ちかえて、もう一度、そのコインを左手に放って、左手を握ります。このときは、受け取る左手は掌が上を向ける方が自然です。
この動作のタイミングで、右手はクラシックパームをはずしてフィンガーパームに切り替えます。
5.次に、左手を開き、コインを右手の指先で持ち、そのコインを左手に放ります。左手がコインを受取ったら一旦握りますが、すぐに手を開き、再び右手の指先でコインを取りあげます。そして、もう一度改めてコインを左手の放る動作をします。
ただし、今回は、指先のコインを拇指と食指で摘んだままに保ち、フィンガーパームしていたコインが左手に放り込まれるようにします。<写真32>
この動作はBoboのModern Coin Magicにも解説された古典的なコインのすり替えの技法です。
ボボはこの技法を、コインをクラシックパームした状況で実行し、指先のコインをサムパ―ムしようとする前提で解説していますが、筆者の見解では、パームはクラシックパームよりフィンガーパームの方がよく、また残る方のコインをサムパームにする必要はなく、ただ、コインを右手の拇指と食指ではさみもち、それが観客に見えない位置になるようにすれば十分であると考えます。
写真32
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6.右手にあった金貨が左手の掌に落ちたら左手を直ちに握ります。
7.ここで、このコインの移動の直後に、右手の指で左手の服の裾を引きあげる動作をするのが格好のミスディレクシションになります。
見ていると、左手がよく見えるようにという演者の配慮の何気ない動作のように感じるのですが、実はこれがこのときの技法をきれいにカバーする役割を果しています。
8.左拳をもごもごと動かしてから、手を開くと金貨が登場します。そうしたら、左手の金貨を指先でひらりと返して、裏もピカピカであることを確かめます。「このとおり、錬金術で銅貨が金貨になってしまいました。」と言います。
9.次の段階ではデービッド・ロスがハーフシャトルパスと呼んだ手法が使われます。同じ作戦はボボも使用していましたが、これは極めて自然なコインのすり替えであり、応用範囲が広いです。
左手の金貨を中指の第二指骨あたりに置いたまま、右手の指でそれをつかみに行きます。しかし、実際には自然に左手の甲が観客の方を向くようにやや内側に回転させ、左手は金貨を持ったままに保ち、金貨は右手には取らないのです。そして、一方、右手はコインを取った振りをします。
そして、そのままその右手をカップの上まで移動していき、その指で前から保持していた銅貨をカップの口へ落とし、チャリンと言わせます。<写真33>この動作は何げなく実行するのがコツであり、よく見るようにとわざわざコインを指先に持ちかえるのはかえってマイナスです。
写真33
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10.ここで、左手の指先で2枚目の銅貨を取りあげて観客によく見せます。このとき金貨はその手の第二指骨の位置で確保されており、観客からは全く見えません。<写真34>
写真34
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11.この左手のコインを右手の中指の指先の関節の位置にそっと置き「この銅貨の表はこのように黒光りしています。」と言います。
12.次に、右手を返して、このコインを裏返して左手に置きにいく動作をするのですが、実は右手の拇指でコインを押さえ込んでしまいます。
13.この瞬間まで左手は掌を上向きにしてリラックスしていましたが、実は金貨が指に隠されていたのです。その位置が第二指骨の位置であれば、丁度指の陰になっており、観客の視線からは隠れていたはずです。
14.右手がコインを置きに来たとき、左手を一旦握って開きます。コインの位置が指から掌中央に移動します。そして、同時に右手の拇指で左手のコインをたたきます。そして、実際にこのコインに当たるのは右手の拇指だけです。
このときコインとコインがぶつかってはいけません。
15.リズムよくこの動作をすると右手拇指が左のコインにあたるポンという鈍い音が観客にも聞こえます。そうしたら、直ちに左手を完全に平らに開き、右手の中指の先で左手のコインの表面をごしごしと擦る動作をします。
そして、右手をやや引くと左手の掌には金貨が現れます。「そしてコインがこのように金色に変わりました。」と言います。<写真35>
写真35
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16.右手の指先で左手のコインをひらりと返して、「そして、このコインの裏の面もこのように金色です。つまり錬金術で銅貨が金貨に変わってしまったわけですね。」と言います。
17.次に第一段と同じハーフシャトルパスでコインをすり換えて、右手で銅貨をカップに落とします。左手は金貨を隠し持ったままです。
18.ここで、第二段と同じように左手で第三の銅貨を取りあげて観客に示します。<写真33参照>
19.このとき、左手は掌を上に向けリラックスさせています。
20.次に、右手の拇指と中指で左手の銅貨を摘みあげます。そして、左手の食指でその表の面を指差し、「これが表です。」と言います。
そして、右手で保持している銀貨を左の掌に置きに行く動作をするのですが、実際には左手は金貨を指の第二指骨のところで隠し持ったままであり、右手はフェイク・プレイスメント(ロスの命名ではリテンションバニッシュ)を実行します。<写真36>
写真36
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21.ここで、左手を握り、再び右手を使って左手の袖を引きあげます。これも第一段と同様、有効なミスディレクションになります。
22.左手の拳の指をもごもとと動かし、手を開くと金貨が現れます。
23.金貨を裏返し、「裏もこのように金色です。また、錬金術が成功しました。」と言います。
24.ここで、再びハーフシャトルバスでコインをすり替え右手でコインをカップに落とします。
25.最後は、バーノンのスペルバウンドのあざやかな手法を活用します。まず左手で第二段と同じように左手でコインを取りあげます。そして、それを一旦右手にフレンチドロップの位置に置きます。<写真37>言い換えるとコインは右手の拇指と四指の間に橋のように渡されることになります。ただし、小指はほとんど仕事をしていません。
写真37
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26.ここで、右手のコインをよく示し、同時にその手が空であることを見せます。
27.次に、左の食指で右手のコインを180度回転させてやります。つまり、コインの裏表が逆になります。このとき「この銅貨はこちらが表、こちらが裏です。」と説明を加えます。
28.ここで、バーノンは左に隠したコインをパースパーム(フロントパーム)の位置に持ちかえます。ただしパースパームでなくフィンガーパームの位置のままでもさほど問題はないと思います。
左手にコインを隠したまま、左手のコインを右手のコインの位置に持ってきて、右手のコインが観客の視線から隠れた瞬間に、拇指をゆるめて、右手の銀貨をフレンチドロップのように右手の指の上に落としてしまい、左手の金貨を代わりにその位置にそっと置きます。これが古典的フレンチドロップの動作を使ったバーノンのスペルバウンドムーブです。
なお、現代では、フレンチドロップはフェイクピックアップの技法としては不自然であると言われていますが、コインのチェンジにその手法を使うとなぜか不自然さが気になりません。
左手の指で右手のコインをこする動作をして、左手を完全にどけると、右手の指先の銅貨が見事に金貨に変化したように見えます。
29.ここで左手が空であることを示し、それからその食指で、右手の拇指と四指で保持している金貨をくるりと180度回してやります。観客からは金貨の表と裏がよく見えます。
30.右手の金貨を左手の指先で摘みあげ、それを一旦左手の指先に持ち、掌を上に向けて手を完全に広げて公明正大に見せます。<写真38>
このとき右手は銅貨をフィンガーパームの位置で持っています。
写真38
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31.ここで、左手のコインを指先で保持したまま指を垂直に構え、右手でそのコインを取りあげる動作をしますが、実際にはフェイクピックアップの技法を活用し、左手の拇指を緩めてコインを左手の掌近くに落としてしまいます。
右手はコインを取ったジェスチャーでフィンガーパームしていたコインを指先で持ちます。
32.次に、コインをパームしている左手でカップを持ち、右手のコインをカップに入れます。
33.「中世の錬金術はすべて失敗であり、仮に銅貨が金貨になったように見えても時間がたつと再び銅貨に逆もどりするようなものだったと言われています。
今日ご覧いただいた錬金術はマジックですから、金貨は金貨で間違いがありません。」と言います。
34.右手でカップを掴み、少し揺すると中でコインが音を立てます。そうしたら、最初にやったようにカップを左に傾けますが、角度が90度を超えて120度くらいになると金貨が4枚テーブルにザラザラと出てきます。
それがこの仕掛けのすぐれたところです。
35.このときカップの底には4枚の銅貨が隠されている状態になりますが、そこに「滑り台」構造があり、右手がカップの向きを元に戻すときにあまり音がしないような工夫がなされています。
ただし、それでも少し音が気になりますので、右手がカップの向きを戻すタイミングで、左手がテーブルの金貨を整える動作をするのが賢いと考えます。その程度でカップの中の音はかき消されます。
36.以上が終わったら、右手のカップを左手に手渡し、左手はカップの上の口の部分に拇指、下の底の部分に四指が当たるように受け取ります。
すると左手にパームされている金貨がカップの粘土につきます。それを指で押して、金貨がカップの底にくっつくように仕向けます。<写真39>
写真39
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37.右手でテーブルの金貨4枚を重ねて合わせ、左手のカップを右手で取り、テーブルの右寄りに堂々と置きます。そして左手でテーブルの金貨を拾い上げてカップの中に入れて演技を終了します。
<※注>
上記に提案したカップの種作りができれば効果は上々ですが、仮にそれが大変な場合には、中が二つのコンパートメントに分かれたがま口を活用する便法があります。
仮にコンパートメントをAとBと呼び、指で下からそれを自由に押さえることができるならば、次のように動作すればいいのです。セットとしてはAに銅貨4枚を、Bに金貨4枚を用意します。演技の始めに、がま口の口を開けたら、下でBを指で押さえてがま口を逆さにします。Aの銅貨が登場します。そしてがま口は口を開けたままテーブルの脇に置きます。
途中銅貨から変化して金貨になったコインはAに次々に入れていきます。そして最後は下からAをおさえてがま口を逆さにするとBの金貨が出てきます。