1960年頃というと高木重朗師がバーノンやスライディニの優れた奇術を文献から研究し、我々若手に紹介下さった時期にあたります。筆者はそれに刺激を受けて、動作を研究し、当時この手順を創作しました。
高木重朗師にご覧いただいたところ「面白い、そういう研究をまとめて本にしたらどうか。」とおっしゃって頂き、力書房「コイン奇術の研究」を出版するに至ったという経緯があります。確かにこの奇術は珍しいプロットであり、多くの人を楽しませることになりました。
この手順はスライディニの提案する「セルバンテとしての膝の活用」の原理を応用していますが、その後、澤浩氏、小川勝繁氏がラッピングを使わないで演ずる同じプロットの芸をご披露くださり、筆者を楽しませてくれました。手法は異なるのですが、現象には共通のものがあることがわかります。
「造幣局がどうやって硬貨を鋳造するかを説明したい」と言い、「まず1$銀貨の鋳造法をご覧に入れる」と称して、ハーフダラー(50セント銀貨)を2枚合わせると1弗銀貨ができあがります。次に「そのハーフダラーはどうやって鋳造するか考察する。」と言い、1$銀貨を両手でもんでいるとそれがだんだん柔らかくなり、最後はそれを左右に引きちぎるとそれが2枚のハーフダラーになってしまいます。
この進行を連続写真でご覧いただきましょう。
写真1 ハーフダラーが2枚あります |
写真2 左に1枚を取り |
写真3 右にもう一枚を取ります |
写真4 この左のハーフダラーと |
写真5 右のハーフダラーを |
写真6 一緒にすると |
写真7 1$ができあがります |
写真8 ではハーフダラーは |
写真9 どうやって作るのでしょうか |
写真10 1$をもんでいると |
写真11 だんだん柔らかくなります |
写真12 こんなに柔らかくなりました |
写真13 その1$を手に取り |
写真14 左右に引きちぎると |
写真15 ハーフダラーができあがります |
写真16 可笑しな話ですね |
ハーフダラー2枚、1$銀貨1枚を用います。なお、膝にテーブルナプキン(ハンカチで代用可能)を準備しますが、そのとき中央に山を作っておくのがコツです。
1.この奇術はラッピングのタイミングが生命線の手順です。そこで、最初に手の使い方の基本をまとめておきます。
(1)使用するパームはフィンガーパームだけです。このパ―ムは外見が何も持っていない普通の手と同じ外見になることが原則です。
(2)手をテーブルに休ませる場面が多くありますが、それには二つのパターンがあり、その一つ<A>は拇指がテーブルの手前端より手前に来る位置であり、これは基本的に指先に持っているコインを膝に落とす(ラッピング)のチャンスとなります。もう一つの手の構え方<B>はそれより7㎝程度手の位置がテーブルの中央寄りになるパターンです。この位置ではラッピングしようとするとコインがテーブルの上に落ちます。
(3)拇指と中指の指先にコインを持っている状況で、それをラッピングする場合には通常の手の角度では秘密がばれる危険があります。したがって、ラッピングのタイミングでは手首から先を少し内側に曲げるようにし、さらに拇指をやや曲げるようにします。このようにコインが一旦観客の視線から見えなくなるようにする工夫が大切です。
(4)この芸では、術者の雰囲気、態度、視線の使い方が大切です。視線は手を凝視する場合と、正面の観客に視線を送り、相手に話かける風を装う場合とを使い分けることが肝要です。
2.それでは演技手順をご説明いたしましょう。
テーブルの左右にハーフダラーが並んでおり、観客から見えない膝にはテーブルナプキンがかかっており、しかも、その真ん中に山があることが大切です。<写真17>コインを2枚ラッピングする必要があり、コインがぶつかって音を立てることが許されないからです。なお、1$銀貨が1枚左手にフィンガーパームされています。
写真17
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3.「造幣局が硬貨を鋳造するところをご覧になったことはおありでしょうか。念のため、これからその鋳造の場面を実験してご覧に入れることにいたします。」と言います。
4.左右の手の指先にハーフダラーを持ちます。手を休めますがその位置は前述の<B>です。ここからはテンポとタイミングが大切です。<写真18>
写真18
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5.ここからのリズムは「①このハーフダラーを、②こちらのハーフダラーと、③このように④一緒にして、⑤こう圧力をかけると、⑥こうなります。」という表現で表しましょう。
6.台詞①に合わせて、左手をあげます。その高さは20㎝以内で十分です。肘がテーブルに着くほど手をあげる必要はありません。<写真19>
写真19
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7.台詞②のとき、左手を下げますが、その最後の位置は<A>の位置です。そして、この左手の動きに合わせて、右手をあげます。
このタイミングで、左手は指先のコインをそっと放して膝に落ちるようにします。<写真20>コインが落ちる位置はナプキンの山の左側です。
写真20
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8.台詞③で左手を再び持ちあげます。そしてそのとき右手は手を下ろして休みますがその位置は<A>です。<写真21>右手はそのとき指先のコインを放します。それは膝のナプキンの右側に落ちます。
写真21
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9.台詞④で、右手を左手と同じ高さまで持ちあげ、両手をあわせます。<写真22>
写真22
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10.そして、台詞⑤のとき指先に力を入れる動作をします。<写真23>
写真23
力を入れる |
11.最後に、セリフ⑥にあわせて、1$銀貨をテーブルに落とし、両手の掌を観客の方に向けて、両手が空であることを示します。<写真24>
写真24
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12.ここで1$銀貨をテーブルに垂直に立てて、その上を左手食指で押さえます。右手の指(食指)で銀貨の右側をはじきます。すると銀貨は独楽のようにテーブルの上でくるくると回ることでしょう。<写真25>
写真25
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13.この動作は術者が後半の準備をするタイミングを作ります。その準備は右手で静かに音を立てないように膝にあるハーフダラー2枚を拾いあげ、そっと重ねて右手にフィンガーパ―ムすることです。
14.左手の拇指と四指でテーブルの1$銀貨を拾いあげ、指先で持ちます。<写真26>
写真26
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15.「さて、いま、1弗銀貨の鋳造についてご説明いたしましたが、それではハーフダラーの鋳造はどうやって行うのでしょうか。それを次にご覧に入れたいと思います。」と宣言します。
16.左手の持っている1$銀貨を左右の手で持ちます。なお、このとき右手はハーフダラーを2枚フィンガーパ―ムに隠し持っています。
コインは真中で表面が観客の方を向いている状態です。両手の拇指がコインの手前側、両手の四指がコインの向こう側になります。<写真27>このコインの持ち方で、コインを前後に動かす動作をしますが、大切なことはそのとき真上から見て、両手の四指が一文字からV字形へ、への字形へと変化するように手を動かすことです。<写真28>この動作でコインは平のままなのですが、観客の方から見ていると指の角度の変化とともにコインの左右が曲がっていくように錯覚をおこすことになります。そこで術者は「このようにコインがぐにゃぐにゃになります。」と説明を加えます。
写真27 |
写真28 |
17.以上が終わったら、コインを最初のように左手で持ちます。そして、コインを指の上に立てるように保持し、その手を前後に動かします。このとき左手の指の力をゆるめてやると、コインはふらふらとゆれて、あたかもコインがぐにゃぐにゃしているように見えます。<写真29>
写真29
ゆるく持ち、前後にゆらす |
18.以上でコインが柔らかくなるという演出は終わり、コインはしっかりと左手に持ち、それを観客によく見せます。左手の位置は、手首がテーブルの表面に触っているくらいが適当です。<写真30>
写真30
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19.ここから最後の大切な秘密の動作が行われます。そのためにコインを隠し持っている右手で左手の1$銀貨を取りに行く動作をします。そうすると右手が左手の前に来ることによって左手のコインが一瞬観客から見えない位置になります。
この瞬間に左手の中指を引いて今まで表が観客の方を向いていた1$銀貨が縦向きになるようにしむけます。この秘密の動作は観客からは見えません。<写真31>
写真31
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20.このタイミングで左手の指がコインを放します。仮にコインが元の向きのままであれば、コインは左手の掌に落ちますが、コインを放す前にコインを縦に90度回転させておいたため、コインはころがって左手の掌を縦に縦断し、さらに手首の方まで転がって最後は膝に落ちることになるでしょう。<写真32>
写真32
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21.このコインの動きは観客からは全く見えません。コインが膝に落ちたら、両手を5㎝ほど持ちあげて、右手のフィンガーパームの2枚のうち1枚を左手に取り、続けて左手を180度返して掌が観客の方を向くようにします。<写真33>
そして、両手の指先にハーフダラーを持って、手を左右に引き、ハーフダラー2枚がテーブルの上に落ちるようにします。<写真34>
すると観客は1$銀貨を左右に引きちぎったところ2枚のハーフダラーになったが如く感じます。
写真33 |
写真34 |
22.「このようにアメリカの造幣局では1$銀貨からハーフダラーを鋳造するようです。でもこの話にはいまひとつわからないところがありますね。一番最初の1$はどこから持って来ればいいのでしょうか?」この台詞がこの愉快な奇術のエンディングとなります。