スライハンドマジックの基本的な弱点は角度に弱いという事です。ミリオンカードでは、ラフに正面左右45度以上は厳しいとの認識で、ステージの下見の際は必ず客席の左右の角度をチェックします。また、会場によっては、上下からの視線も気になります。しかし、開き直って角度で何が致命傷になるかを考えてみました。
考えるきっかけは、2016年4月にNY州のバッファローで開催されたFFFFへの招待を頂いた事です。FFFF(Fechter’s Finger Flicking Frolic)というのは、クロースアップに特化した世界トップクラスのコンベンションで、完全招待制で参加できるだけで大変な名誉と言われているマニアには有名なコンベンションです。クロースアップのコンベンションですが、最近はゲストにマニピュレーションのマジシャンも招待されるようになり、台湾のコンベンションで私のマンモスカードの演技を見た主催者からお誘いを頂きました。
クロースアップの会場なので事前に確認してみると、200人位がどこからでもテーブルが見やすいように、すり鉢状のような客席で、テーブルの位置に立つと左右は180度近いアングルとの事でした。さすがに、この角度では左右のパームはカバーできないのですが、マンモスカードのフル手順で演じてほしいとのお話でした。
観客はトップレベルのマジシャンだけです。そこで観客がマジシャンの場合の致命傷は何かと考えてみました。スティールやジャリ、シェル、ブラックアートなどは、至近距離や横からは見えるリスクが高いです。しかし考えてみれば、私の手順はスティールがないので、そもそもパームを知っているマジシャンには、きつい角度のパーム漏れは許されるでしょう。またパームが見える場合には、結果としてカードの補充が無い事も判るはずで、それはそれで不思議に見えるのではないかと考え、折角の機会なので参加させて頂く事にしました。
事前にプログラムが送られてきてびっくり。なんと出番はFFFFのファイナルガラで一部のトリでした。マジックの関係者なら、どう見ても一人だけ場違いの人がいる事が判ると思います。
演技の写真からもお判り頂けると思いますが、さすがに目の前の観客との距離の近さは初体験でした。しかし、お蔭様で大きな歓声を頂き、カーテンコールではスタンディングオベーションも頂けて、本当に良い思い出になりました。
誤解のないように書いておきますが、決して私が他のファイナルの出演者と同じようなレベルという訳ではなく、マジックショーでジャグラーが呼ばれて新鮮さから実力以上に受けるというのと同じようなものです。クロースアップの演技を200人以上で見るには、どうしても見難くて大きなスクリーンで見る事になりますし、クロースアップの場合には、説明やおしゃべり、シャッフルなどもあって、そもそも現象の数が少ないです。それを連日見続けた後で、後ろからでも見やすいカードをどんどん出した訳ですから、クロースアップの中では圧倒的に有利です。特に私の場合には、どでかいカードのプロダクションという目新しさもあり、主催者の配慮で良い経験をさせて頂きました。
ミリオンカードは、スライハンドの中でも大人数のステージでも映えるマジックと思います。それが、このような高下駄を履いたような条件とはいえ、クロースアップのコンベンションでスタンディングオベーションを頂けた事でミリオンカードのすばらしさを再認識できました。クロースアップの距離から、千人を超える大舞台まで、直接目で見て楽しんで頂けるマジックは少ないと思います。
FFFFに出演させて頂いたお蔭で、「舞台では少しでも後ろで演技・・」という一種の強迫観念から解放された事は大きな収穫でした。
クロースアップの世界でも、カードマニピュレーションと同様にメカやネタを使った演技も増えていました。しかしその一方で、スライハンドでのコインマジックなどで、パームした手を空の手と思わせるさりげない動きや見せ方は参考になりました。カードマニピュレーションでは、「ステージの距離でパームが見えなければ良い」「手が空というアピールが良い」という考え方もありますが、私はサロンやクロースアップの距離でも見せられる「パームした手の自然な動き」の研究の大事さを感じました。