前回は先入観を利用した技法開発について述べましたが、先入観については、実際の演技手順の中で観客にちょっとした新たな先入観を植え付ける方法もあり、私はこれも重要と思います。
例えば私のマンモスカードのプロダクションは、カードを全部捨てずに1枚だけ残し、それがファンになるという現象を繰り返し行うものですが、もしこのマンモスカードの部分だけをいきなり演じた場合はどうでしょうか?あまり一般的でない現象のために、観客はスライハンドというよりも「特別な仕掛けのあるカード」という印象を持つ可能性があります。もし最初から仕掛けのカードの現象と思われてしまったら、同じ現象でもそのインパクトが弱くなってしまいます。
私の手順では、マンモスカードの演技の前に、全く仕掛けのないレギュラーカードでスピンさせたカードからのファンの出現を印象付け、さらにジャンボカードでも同じ現象を行うという布石を打っています。レギュラーカード、ジャンボカードでの不思議な現象をさらに大きなカードで行うという事で、ちょっとしたギミックを使っても全く違和感がありません。そして、レギュラーカードやジャンボカードでは単発の現象であったスピンからのファンのプロダクションを、マンモスカードでは連続で行う事で「まだ出るの!」という畳み掛けの効果があります。
ついでに言えば、土星カードもいきなり見せるのではなく、最初にブーメランカードで「ブーメランのように戻るカードを投げられる」という印象を与える事で、土星カードの反応が違います。
土星カードもマンモスカード(1枚からファン)も、いきなり演じると特殊な仕掛けというイメージになるのが、布石としての先入観の植え付けの結果、インパクトのある現象になるという事がポイントです。演技の中で観客に先入観を与えて後の演技の布石とする事は、不思議さのために非常に有効なだけでなく、「手順につながりができる」結果、流れも良くなりますので、ミリオンカードに限らず有効な方法と思います。
例えば、四つ玉でもシェル付ボールを投げる技法がありますが、いきなり行わず、フラリッシュ的にボールを空中に投げる現象を入れた後で行う方が効果的です。なお、私が投げるという動作にこだわるのは、「物を投げた手は空」という先入観を観客に容易に与えられるからで、その結果として「パームの気配」を消せる効果があります。
逆に小手返しなど自然でない両手の改めを行う事は、よほど完璧な改めでない限りは、テクニックを見せる事で逆に観客には「隠している」という印象を与えるリスクがあります。
また、先入観と言う意味では、演技の最初に「この人は上手い(テクニックがある)」という印象を与える事も重要です。私が手順の最初にブーメランカードを演じるのも、単に土星カードの布石というだけでなく、私のテクニックを印象付ける目的があります。サロンマジックで複数のマジックを演じる場合でも、最初にネタを感じさせるマジックを演じるよりも、まずテクニックを感じさせるマジックを演じた後でネタのマジックを演じた方が効果的という経験は皆さんお持ちかと思います。従って最初の掴みの演技が重要になり、私はテクニックを全面に出せるフラリッシュを選びました。
手順についての私の考え方は改めて書く事として、最後にマジシャンが忘れてはいけない「観客の側からの先入観」についても書き添えます。
特にスライハンドのマジックに対する観客の先入観というかイメージには、「反対の手をみれば種が判る」という事があります。スティールが見えなくても怪しい動きの気配があるかどうかで観客の印象は大きく変わりますので、逆の手で腰などからのスティールを行う場合には十分なミスディレクションが必要という事になります。また録画映像にも耐えられるようにするためにも、ミスディレクションだけでなく「スティールしてから出現までの時間差、空間差」なども考える事も重要と思います。
例えば右の絵などは、「何かが隠れている」と言われて良く見なければ、おそらく何も気づかないでしょうが、一度気づくと、その後に見るとすぐにキリストの像が見えると思います。スティールも、一度気づいてしまうとその後も妙に気になりだします。
クロースアップでもステージでも同じだと思いますが、観客に「タネを見破ろう」という事を意識させてはダメで、「この人のマジックは楽しい」という先入観を与えることが大事です。そのためには、演者の印象を与えてしまう最初の掴みの部分は極めて重要という事になります。