「ザ・ブルー・ファントム」というのは、手品の商品名です。私の所蔵しているものは、アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるOwen Magic Supremeの製品で、現在でも購入できます<写真1>。さて、これを読んでいるみなさんに質問です。この手品、実際に観たことありますか?私は、外国の奇術大会のディーラー・ブースに飾ってある商品を見たり、オークションの写真で用具を見たりしたことはありますが、マジシャンが実際にこれを演じているのを観たことはありません。後述するオトカー・フィッシャーの本で、すでにタネも仕掛けも知っていたので、長い間、私の購買欲は刺激されませんでした。それは、単純な現象に比べて価格がやや割高なのも大きな理由でした。
Owenだけでなく、いろんな奇術用具店が独自のものを製作・販売していて、必ずしも「ブルー・ファントム」という商品名ではありません。「チャイニーズ・クロック」とか、「トラベリング・チェッカー」という名前で販売されていることもあります。
Whaleyの事典によれば、ウィーンの奇術師、Hans Trunkによってドイツで考案されたものです。1929年にオトカー・フィッシャーによって、その仕掛けややり方も含めてヨーロッパで紹介され、翌1930年12月には、Thayerによって、「ザ・ブルー・ファントム」という名前でアメリカ合衆国に紹介されています。
T.A.Watersの事典にも記述はありますが、現象の記述も沿革の記述もラフで、どこかのカタログを参照したか、誰かに聞いて書いたような感じの内容で、とても参考にはできません。
ルイス・タネンのカタログ#1(1949年)には、まさに「ブルー・ファントム」という商品名で掲載されており、価格は27.50ドルです<写真8>。当時の27.50ドルがどれくらいの価値があるのか瞬時にはわかりませんが、同じカタログに掲載されている「テレビジョン・カード」や「ゾンビ・ボール」が10ドルであることを考えると、最近、「テレビジョン・カード」も「ゾンビ・ボール」も廉価版が出回っているとはいえ、購買力平価の比較で行けば、まあ、いまの3~4万円くらいでしょうか?しかしながら、実に、1949年の1ドルは4月に360円という固定相場にされた年ですから、そのレートで行けば、1949年の価格で9900円ということになります。当時「かけそば」は一杯15円でしたから、仮にいま一杯300円とすると20倍の計算になり、20万円近い価格設定ということになります。
現在の販売価格は、商品によって差があり、基本的な現象と「仕掛け」はほぼ同じですが、材質や出来栄え、さらに操作性に多少の違いがありますので、それが価格差にも反映されています。私の持っているOwenのカタログNo.12(2006年版。現状では一番新しい)では、価格が750ドル(約7万円)になっています。しかしながら、すでに12年経過していますので、たぶんいま注文すると、もっと高いと思われます。Owenは、原則としてディーラーに卸売りをしないので、直接注文するか、ディーラーが別ルートで入手したものを購入するしかありません。したがって、日本から購入するとなると、配送料も含めると、おそらく9万円近い価格になってしまい、手品用具としては、やや高価に感じられるかもしれません。
前述のオトカー・フィッシャーの本は、”ILLUSTRATED MAGIC”というタイトルのもので、私の持っているものは、1931年10月にアメリカ合衆国で出版されたものです。現象の記述は、前述の私のものとまったく同じで、解説されている仕掛けもほとんど同じです。ただ、本の掲載写真では、1個しかないチェッカーはむしろ黄色に見えて、まるで「イエロー・ファントム」のように見えるのは面妖です<写真9>。