私の手元にある解説文は、スタンダードな製品に添付されてくるものと、Milson-Worthのものです。いずれもA4で1枚ですから、同じようなことが書いてあるのだろうと思われるでしょうが、これは大きなまちがいです。というのは、スタンダードなほうは、ストッラプのつけ方やコード(紐)の長さの指示などはよく書いてありますが、「消すときは、両手を伸ばせば鳥籠は袖の中に入って消えます」などと書いてあるのです。読者の中にも、タネの仕組みだけ知っていて、鳥籠そのものを持っていない方や、持っていても、実演に向けて練習したことのない方は、まさに、両手を伸ばして、コード(紐)を反対側に進展させることによって、潰れた鳥籠を袖の中に引き込むのだと思われている方がいらっしゃると思いますが、それはまったくちがいます。
Milson-Worthの解説書は簡潔ですが、その点は非常によく書いてあります。それを少し詳しくポイントを追加してご紹介します。
この製品のコード(紐)は、一方の端が鳥籠に繋がれていて、もう一方の端にはループが作られています<写真6>。このループの端を上着の中で左袖に通して、左手首にかけます。右手は、棒状に潰れた鳥籠を持ったまま内側から上着の右袖に通します。
そのまま、上着の両袖を伸ばせば、右袖の中で棒状になった鳥籠の端が、右袖の袖口から7センチから10センチほど上に来ることになります。この状態で、まず、左手の肘を曲げて身体につけます。そうするとコード(紐)が緩みます。
次に右手の肘も同様に曲げると棒状の鳥籠が右袖口から出てきます。これを立体に組み立てて両方の人差指で籠の上方前面(客側)のバーを押さえて維持し、両方の親指で上方後側(マジシャン側)のバーを押さえて保持します<写真7>。
この状態から、左手の親指と右手の人差指とだけで鳥籠を支えるようにして両掌を合わせます。このとき、タイトだった両肘も自然に伸びるような動きになります。両掌を合わせるようにすることにマジシャンが集中すれば、鳥籠は何と自然に消えるのです<写真8>。
誤解しやすいのは、両手の肘を進展させて、めいっぱい伸ばして、鳥籠を袖の中に引っ張り込もうとすることで、そんなふうに頭の中で考えて動くとうまくいきません。解説書のない鳥籠を買ったひとはもとより、解説書でも、スタンダードな商品に付いているおざなりのものでは、きっと練習してもうまくいかなくてあきらめてしまうのではないかと思います。この、両掌を合わせるというコツは、まさにビリー・マッコムのスローモーション・バニッシング・バード・ケージの演技を見ると納得できます。鳥籠は両手の間で一瞬に消えてしまうのでなくて、両掌を合わせて揉み込むような仕草で消えていくのです。
以上の「やり方」で充分に演技はできますし、鳥籠も綺麗に消えますが、これこそ、すべての演技の冒頭にしかできませんし、消えてしまってからは、およそ右手は不自由で、ほかの演技はできません。職業奇術師なら、カーテンの前でこれを演じてから、一度、舞台の袖に引っ込んで、カーテンを開けながら、自分も鳥籠を外して出てくる、ということが可能です。つまり、鳥籠も自分も一度袖に入るのです。
さて、市販の「消える鳥籠」は、ビリー・マッコムの豪華セットを除いてほとんどすべて、あまり弾力のないコードで反対側の手の方向に引っ張るものです。したがって、「引っ張る」という物理的な行為を行なうことから、この手品にリールを活用しようという考えは、決して不自然な発想ではありません。実際、ビリー・マッコムもトミー・ワンダーもテイクアップ・リールと呼ばれる巻き取りリールを用いて演技を行なっています。しかし、普通の手品用リールでは、引っ張る力もコード(紐)の強度も足りなくて、「消える鳥籠」には使えません。私は、昔、ポール・ダイヤモンド奇術店から買った直径4.5センチ程の大きなリールを持っていて、これなら使えますが、かなり特殊な商品で一時的なものらしく、その後カタログでも見たことがないし、いまはもう売っていません<写真9>。
DVDで見ると、ビリー・マッコムもトミー・ワンダーも同じような形状・種類の金属製のテイクアップ・リールを使っていますので、きっとアメリカ合衆国内の大きなHeavy Dutyの店に売っているのだと思います。しかし、かなり広範囲にインターネットで探してみましたが、見つかりませんでした。そこで、日本でも入手できる代替品ということで、リングに鍵をたくさん付けてベルトに嵌めておいて、その都度、鍵束ごとそこからリールで引っ張って使う、一種のリール付きキイ・ホルダーを使うことにしました。大きさは、横6センチ×縦7センチ×厚み1センチで、掌にすっぽり収まるほどのサイズです。これもアメリカ製ですが、KEY-BAKというメーカーのもので、こっちのほうなら、店頭でも通販でも、日本で容易に手に入ります<写真9>。リールの馬力はいまいちですが、コード(紐)にデュポンのケブラー繊維を用いているため、強度は鉄の5倍で、充分です。
<写真9>のものは、すでに、「消える鳥籠」用に私が加工済みのものです。
まず、このリールは、鍵をたくさん付ける用途のために、キイ・ホルダーの部分にかなり大きなリングが装着されています。この大きさでは、とても袖の中は通りませんから、これを小さいリングに替えます。また、鳥籠に付いているほうのリングにナスカンと呼ばれる開閉フックを引っ掛けなければなりませんから、それも新たにKEY-BAKの先端に取り付けねばなりません。このようなリングもナスカンも、日曜大工の店などで安価で簡単に手に入ります。練習してみると、リールの巻き取る強度がもう少しあったほうがいいな、と思われるかしれません。これも改良が可能ですが、個人差がありますし、ホルダーを分解しなければなりませんので、ここではこのままの強度で扱うことにします。
さて、このリールをマジック・テープなどで作った腕用のベルトに固定します。もともとベルトに固定するように裏側に大きなクリップが付いていますからこれは簡単にできます。私は、スタンダードの鳥籠に付いてきた布製のベルトを利用して作りました<写真10>。
KEY-BAKリールの最大の欠点は、ストッパーが付いていないことです。理想的にはシートベルトのようなストッパーが内在されているといいのです。しかし、この場合のストッパーというのは、リールの中で留めておくか、引っ張り出して外で留めておくかの違いだと割り切れば、それほど困る材料でもありません。もちろん、操作性から言えば、それはかなり大きな違いなのですが、たとえば、演技中に何かの拍子にストッパーが外れてしまうようなことも考えると、危機管理の観点から言えば、始めからストッパーのないほうが利点があるとも言えます。
<写真10>ではわかりにくいかもしれませんが、ストッパーがないために、小さなダブル・クリップで根元のところを仮に留めてあります。
演技のとき、リール本体は袖の中にあるわけですから、操作性を考えると、ここにストッパーを置くのは困難です。
実は、ボタン式のストッパーの付いている日本製のリールを見つけたのですが、使い勝手がよくありませんでした。
仮に、リールにスイッチのあるものが見つかったとしても、そのスイッチを上着の外からオンにするのは容易ではないからです。
そこで、現実的なやり方として、たとえばリールを左腕にセットしたとして、コード(紐)を引いたまま、フック(クリップ)を、右袖を通して右手首のどこかに留めておくなどの方法を考えます。
この状態では背中にコード(紐)が通って左右に引っ張られているような感じがしますので、あまり長時間にわたって複雑な手品を行なうことはできませんが、小品の2つや3つは可能です。
準備したリールを左前腕内側に固定します。そこからコード(紐)を引き出して端のフック(クリップ)を右手に持ったまま左手を上着の左袖に通します。コード(紐)をそのまま背中の上を這わせて、今度は右手を上着の右袖に通してから、フック(クリップ)を右手首の時計バンドなどに固定しておきます。この際、背中側をスムーズに通すためにも、コード(紐)のためのガイドがあったほうが便利です。これには、安全ピンなどにリングを付けて、それを右脇の辺りに留めて、コード(紐)をそのリングに通してガイドとします<写真11>。
トミー・ワンダーなどは、このための専用のベストを作っていて、それには、このようなガイド・リングがあらかじめ縫い付けてあるだけでなく、ベストの背面がコード(紐)の滑りやすい素材で作られています。もっとも、トミー・ワンダーの「消える鳥籠」は、普通のやり方とは異なり、腕まくり(!)をして行なうものですから、たとえば、リールにもチューブ状のガイドが付けてあって、スムーズに引っ張れるようにさまざまな工夫と努力が施されているものです。
トミー・ワンダーは、考え方がいつまでもマニア的で、プロ特有の擦れた感じがなくて好感の持てる私の好きなマジシャンのひとりですが、これに限って言えば、腕まくりをして演じる必要があるのかな?と思いました。
なぜなら、それでびっくりするのはタネを知っているマニアであって、普通のひとには袖が降りていても関係ないからです。それに、これが大事ですが、腕まくりをしても、棒状の鳥籠の位置がちょっと上に引っ込むだけで、マニアから見ても、努力は多とするけれども、基本的には同じ現象であることに変わりはないからです。
スカーフを用いないで一瞬に消すことももちろんできますが、相対的に練習が必要です。
また、リールを使わなくても消すことはできますが、あとの演技のことを考えて上まで引っ張り上げることができません。
クロース・アップで演じるので、鳥籠の中に入れるカナリアのことを書きませんでしたが、ステージで演じる場合はフェイクのカナリア<写真15>を鳥籠の中に糸で固定して動かして見せ、あたかも本物のカナリアが入っている鳥籠のように見せているマジシャンもいます。