情報誌というものは内容の信頼性が重要ですが、時に誤りがあります。取材時点と読者が読む時点の間にタイムラグがあるため避けられないものも多く「利用の際には直接問合せの上確認してください」と但し書きが付いていることがよくあります。ところが過去の事実を確認しようと奇術専門誌などに当たろうとするとそれとは異なる問題点があることに気付きます。代表的なものを紹介しておきます。
ネット社会の進展で急速に認知されるようになったWikipediaという百科事典があります。余り頼りにすべきでないと言われながらも便利であるが故に、それを根拠に次々と誤った情報が広がっている現実があります。実際に目に触れた例を挙げておきます。
あれほど有名だった引田天功(初代)がどのように紹介されているかを見たところ、本名は「疋田」で読みは「ひきだ」である、と信じられない間違いが書かれていました。また、その大学の出身学部についても誤っていました。生前の本人の友人や研究者に聞きまわればわかるものですが、多分どこかで耳にした無責任な噂をそのままアップしたものと思われます。(実際は「引田」姓で「ひきた」が正解)。
一方、現役で活躍されている代表格たる或るマジシャンの誕生日でさえ誤って書かれていました。これもご本人に確認すれば間違わずに済むことですが、どこかで仕入れた情報を鵜呑みにして書かれてしまうとそれが世界に広まっていくのが怖い所です。(いずれもすでに訂正をしました)
多読家で知識が豊富な博覧強記の方がいるからこそWikipediaの恩恵にあずかれるのがネット社会の素晴らしいところですが、それらの情報は一次資料に基づいて書かれているというよりは世の中に流布している情報の大勢から拾い集めているに過ぎないことを十分認識しておかないと知らず知らずのうちに過ちの流布に加担することになりかねません。
Wikipediaは当事者が書いたものはあまりなく、むしろ豊富な知識を持った第三者がアップしているのが大多数ですから、
そこから引用する場合には注意が必要というわけですが、実は本人や当事者が自ら作成したネット上のデータについてもダブルチェックしないと安心できないことがままあります。
たとえばマジックキャスルとして有名なハリウッド(ロスアンゼルス)のアカデミー・オブ・マジカルアーツでは過去の各賞受賞者をウェブサイトで閲覧できるようにしていますが必ずしも正確には表示されていません。賞のタイトルの改廃が歴史的に何回も行われてきているため検索ウィンドウですべてを表示することが困難になっているのがその原因です。
Academy of Magical Arts(英文サイト)
http://www.magiccastle.com/ama/awards/
例えば、以前はあったVisiting Magician of the Yearという賞の受賞者はここでは確認できませんからマジックキャッスルの賞を受賞したとされる日本人の受賞実態を確認しようとしてもこのサイトは必ずしも頼りにならないのです。従って受賞したマジシャンが正確には誰だったのかを知るには授賞式の様子や受賞者を報じた当時のGenii誌を確認する必要があります(Genii誌はアカデミー・オブ・マジカルアーツの機関誌的性格でした)。
そのような確認を実際に行っていくと、ノミネートされただけで実際には受賞に至らなかった方が「受賞した」と広く自己宣伝してきている事例すら見つかっています。本人談を鵜呑みにしてはならないという鉄則が歴史研究にはどうしても必要とされる所以なのです。
ネット上に公開されているFISM公式サイトでの受賞者の記録にも同じことが言えます。入賞者の国籍に誤りがあったり(例えば1973年と1976年のステージ・イリュージョン部門で入賞したKatawuが日本人として記録されている)、2006年に新たに設けられた三つの特別賞が抜け落ちていたり、順位の誤記も散見されるなどいくつもの入力ミスがあるため引用の際には注意を要します。
FISM Winners(英文サイト)
http://fism.org/web/championship-contests/fism-winners/
では当時の雑誌に当たれば間違いないかというと実はそこにも落とし穴があります。記事自体に誤りがあり得るということを言いたいのではありません。実は、歴史上大きな汚点と言われるものにGenii誌の常習的な発刊遅れがありこれが後年の問題になっているのです。
それは80年代に特に大きな問題として話題になりました。
月刊であるにもかかわらず予定通りに刊行されなくなりどんどん手許に届く時期が遅れていったのです。例えば1月号が2月に出るという程度であれば一時的な遅延として許容できるのですが、2カ月遅れとか3カ月遅れなどと押せ押せになり、取り戻すことができないほどに遅延が拡大していったのです。これが店頭販売の雑誌であれば、1月号が3月に出るような事態になれば誰も買わなくなってしまうためもはや廃刊は免れませんが、購読料を事前に徴収して発刊の都度郵送する前払い方式のため遅延に歯止めが効かないのです。マジックの雑誌というのは基本的に店頭販売はありませんからこの点は構造的な問題になりがちです。
その結果、84年11月号と銘打ったGenii誌の編集が終了し印刷に回ったのはようやく85年4月末のことで、読者の手許に届いたのは6月でした。もはやその遅れは半年以上になり廃刊は時間の問題と思われました。通常は80ページあったものがその頃になると60数ページに減り、それも半分は広告のページになっていましたから購読価値は大きく損なわれていました。質のいい原稿が集まらずに編集作業が滞っている状況が手に取るようでした。
このような事態を発行者がどのように乗り切ったのかはここでは省略しますが、このような遅延はその後も何度も繰り返されたのです(遡ること10年以上前の71年末にも同じような遅れがありました)。
このことが問題になるのは、後年になって歴史を振り返ろうと当時の誌面を紐解くときです。例えば、マジック専門誌にはいろいろな作品が発表されます。雑誌に一早く寄稿することでそのアイデアは自分が考えたものであることを後日主張できることもあって、特に権利意識の強い米国ではマジック専門誌がいろいろと発行されてきている現実があります。ところがGenii誌の遅れのようなことがあると、作品の実際の寄稿時期より見かけ上は半年も前の号にすでに記載されているというような事態が生じてしまいます。例えば、友人が考えたばかりのアイデアを見た寄稿者がそれを使ったトリックを雑誌に提供した場合、そのアイデアの初出は友人が考えた時期より半年近く前の雑誌に載るため後年の史家は誤ってその寄稿者を考案者として判断してしまうことが起こりかねないのです。
また、時として訃報が本人の亡くなるより数カ月前の号に掲載されているような不思議なことさえ生じます。
手品師の自伝や小説にはその内容の信憑性に注意が必要ですが、実は内容云々以前に書誌自体が事実と異なることがあります。例えば、手品史に触れる方がよく引用する本に『魔術の女王一代記』(1991年、初代松旭斎天勝著)がありますが、実はこれは松旭斎天勝が書いたものではありません。没後40年以上経ってからの本なので天勝が著者でないことは明らかですが、天勝が引退した頃養子に迎えた当時数え年5歳に過ぎなかった照也氏がその「あとがき」で記しているようにその内容は後年天勝一座に加入した石川雅章が書き残していたものを本にしたものです。石川雅章は天一一座にいたころの天勝を知りませんから天勝の前半生はすべて小説等からの引用や伝え聞いた話などを書いているだけであり、著者を天勝としたのは出版元の販売戦略によるものでした。それにもかかわらず、この本を読まれた方が「天勝が自伝でこのように言っている」と早とちりして誤りを広めている事例があとを絶ちません。
『魔術の女王一代記』 (1991年、初代松旭斎天勝著) |
「あなたもマジシャン」 (グレート・マーリニ著、山下光行訳) |
書誌情報には時としておかしなことが起こるという面白い事例があります。「あなたもマジシャン」(グレート・マーリニ著、山下光行訳、東京堂出版)という良書があります。実はこの本は以前白陽社から出版されていた「あなたは魔術師:目で見る手品100選」というタイトルの復刻版なのですが当時の訳者は山崎義周でした。復刻版では翻訳者の名が変わっていたためテッキリ新訳されたものと思って手に取ってみたところ驚きました。その訳文は一字一句が山崎義周の旧訳を使っていたからです。事情を聞いたところ、すべての権利(翻訳権を含め)を白陽社から買いとったため訳者も自社の社員の名を使ったという経緯だったのです。その結果、復刻版が出た時点で山崎義周氏はゴースト・ライターならぬゴースト・トランスレーターという立場に変わりました。
実はマジック界ではゴースト・ライターというのはそれほど珍しくありません。通常出版社は著者や翻訳者に原稿料を支払いますがその場合著作権はそのまま著者に残ります。ところが著作権を含めて対価を払うような契約形態があり、その場合は依頼者なり支払いをした出版社側に著作権が帰属することになり依頼した者が著者になります。これがゴースト・ライターです。文責はもちろんゴースト・ライターではなく表示される著者にあります
有名な例としてハワード・サーストンの本があります。彼が著者になっている本のほとんどは自分では書いておらずWilliam Hilliar やWalter Gibsonなどがゴースト・ライターになっています。また日本では歴史書として有名な「明治奇術史」(著者は秦豊吉)も実際には氏が当代随一の研究家だった阿部徳蔵にゴーストライトを依頼して出来上がったものでした(注)。
注:最近、聴覚障害を持つ作曲家として評判だった佐村河内氏の作品が実際には別人の作曲によるものだったことが発覚して大きなニュースとして取り上げられました。ただ、それがゴーストライティングの依頼に基づいたものであれば佐村河内が作曲したものとして発売されていたとしてもそれ自体は法的には問題になりません。もちろん聴覚障害が虚偽だったかどうかは別問題です。