天海師のCoin in Cone Vanishは私が天海師に師事しているとき、しばしば見せていただき、そのハンドリングの巧妙さに感銘を受けていた芸です。師の方法を直接練習する機会はなかったのですが、そのプロットは100%理解しています。その後、この奇術の解説がGenii1958年3月号に解説されていることを知りましたが、それを読んでも、この奇術の良さはわからないだろうと感じました。師の芸を誰かが解説したものですが、その解説が不十分だったからです。そこで、この度、この芸の再生を試みることにしました。
師は小舞台(クラブアクト、パーティーマジック)向けにこの芸を考えられたと思われます。そこで基本的に、術者は右半身に構え、術者からみて右に手を伸ばして紙のコーンを持ち、左手にコインを持ち、それをコーンの中に落とし込み、それを操るのでしたが、それは師が左利きだったからです。もしも右利きが同じ演技をするのであれば、当然左半身に構えて右手でコインを扱うはずです。そして、その前提は、観客が見ている両手の動きを、術者も観客と同じ方向から見ているという演技スタイルでした。しかし、この芸を小舞台またはクロースアップで実演するとすれば、術者の両手が真正面に向いている方がより自然であると考えました。そこで以下の方法ではそれを前提に右利きの演者が真正面で天海師の技法の趣旨を生かして演技するための理想的な動作を追及するという研究アプローチを採用しました。
なお、以下に紹介する手順は形式的に、「1,1,2,1」という流れになっています。あたかも音楽のソナタ形式のようです。
①1. 提示部 コーンの役割紹介
②1’.展開部 コインの消滅
③2. 再現部 コインの再出現
④1’ ’. 終曲部 コインの再消滅とお土産のプレゼント
写真1 奉書紙です |
写真2 よくお菓子をのせます |
写真3 折って底を作り |
写真4 二銭銅貨を入れます |
写真5 中を見ると確かに… |
写真6 では二銭銅貨を入れ… |
写真7 お呪いをかけます |
写真8 すると不思議!… |
写真9 銅貨が消え… |
写真10 どこにもありません |
写真11 でも紙を畳んでお呪いを… |
写真12 銅貨が再登場します |
写真13 銅貨を再び入れて… |
写真14 お呪いをかけると… |
写真15 再び消えます |
写真16 お土産の飴を入れましょう |
紙のコーンの材料には白い和紙(21×21㎝の正方形に裁断したもの)が理想的です。ただし、代わりにA4の上質紙を21×21㎝に裁断して用いてもさしつかえありません。コインは日本の明治時代に使われた二銭銅貨が適当と考えました。なお、サイズはやや小さめですが、真ん中に四角い穴があいた寛永通宝のような古銭を用いるのも効果的と考えられます。
なお、演出のため最後のお土産にふさわしい品を用意したいと考えます。包まれた飴が衛生的で好ましいでしょう。
一枚の紙を<写真17>~<写真20>のように折ります。ただし、正確に30°に折るより、<写真19>の「1層」が右側に5㎜くらい出るように折る方が後の動作のためにプラスです。折る回数はたった3回です。折り目がついたら、再び平らに広げておきます。
写真17 |
写真18 |
写真19 |
写真20 |
術者の上着左ポケットに飴を適量用意します。テーブルにお皿を用意し、コインをそれに乗せておきます。
1.テーブルから用紙を取りあげて示し、二回折りのところまで折って見せて「ここに奉書紙がありますが、これはこのように折り畳んでお皿のようにして、お茶請けを乗せてお客様にお出しするのによく使います。」と言います。
2.次に下を折り、それを左手に持ち「下を折るとコップのようになりますので、お酒のみが日本酒を入れて生で飲みたいと考えるかもしれませんが、これは液体を入れると下に漏れてしまうと思います。入れるのなら金平糖のようなものなら大丈夫でしょう。」と説明します。<写真21>
写真21
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3.上から覗き見すると紙が1,2,3と三層になっていますが、2と3の間が入れ物になっています。<写真22>このとき、自然に2層と3層の間が開いていると都合がよいのですが、そうでないときは右手の指で2と3の間を広げても差し支えありません。
写真22
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4.ここで、右手でコインを取りあげて観客によく示し、「ここに今から100年以上前に流通していた二銭銅貨があります。それでは試しにこれを紙の中に入れてみましょう。」と言い、それをコーンの中に落とします。それは上記の2と3の層の間に収まるようにコントロールします。
5.「こうすると下を折ったことによって底ができていますから、コインが安定して止まります。そこに気がついた人は偉いですね。」と言います。
6.さらに「それでは、このときコインがどのように収まっているかをご覧に入れましょう。」と言います。
7.左手の拇指と中指でコインをコーンの外からおさえておいて、右手で一番下の折った底の部分を伸ばしてみせます。<写真23>
写真23
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8.次に、右手でコーンを持ち、左手の食指を1の層の下に差し込みます。
9.そして、コーンとコインを左手で保持するようにして、右手で1の層を右に広げます。コインは2の層に下にあるので観客からはまだ見えません。<写真24>
写真24
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10.コーンを持つ役割を右手に変えて、今度は左手で2の層を広げます。
11.すると中央に位置するコイン(右手が押さえている)が観客に見えるようになります。<写真25>
写真25
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12.左手で紙とコインを支えたまま、右手でそのコインを取り、観客によく見せます。<写真26>
写真26
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13.そして、それを一旦お皿に戻します。
14.両手で紙を持ち、紙の裏表を良く見せます。<写真27>
写真27
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以上が第一部、ソナタの1の提示部ですが実はここまでは予備動作です。なお、ここまでの動作では原則コインは拇指と中指で保持されますが、そのとき食指と薬指を中指に添えておくのがよいでしょう。<写真28>
写真28
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15.ここから以上とほぼ同じに見える動作を再度実行しますが、今度はコインが忽然と消えてしまいます。そこがソナタの1’の展開部ということになります。その過程を以下で詳細に記述します。なお、ここではコーンやコインを保持するときに使う指は原則、拇指と食指だけにして、中指、薬指、小指は伸ばしておくことが望ましいでしょう。<写真29>
これが、隠しているコインがないように見える錯覚を強化する役割を果たすからです。
写真29
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16.紙を所定の折り方で折り、できあがったコーンを左手で持ちます。<写真30>
写真30
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17.このとき、左手の食指を曲げてコーンの真ん中あたりを手前に押すようにすると、コーンが自然に広がりますが、そこで指を緩めると1の層と2の層から離れるようになるでしょう。次に右手でコインを取りあげて観客に示し、それをコーンの中に落とすのですが、ここでは、3層のうち1と2の層の間にコインを落とす作戦をとります。<写真31>
写真31
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18.すると、コインは折り曲げた底に落ち着きます。ただし、このときコインが留まるのはコーンの中ではないので第一回よりは安定性が悪いです。勢いでコインが外にはみ出す危険があります。そこでコインがコーンに収まるようにその位置をコントロールする必要があります。そのためにはコーンをやや右に傾けるのが有効です。
19.次にコーンを右手で保持し、左手でコーンの左側を下から上に向ってしごきます。<写真32>そうしたら、コーンを左手で持ち、コーンの右側が垂直になるようにしておいて、右手でコーンの右側を下から上に向ってしごきます。このときコーンの左側が左に傾斜するので、この動作によりコインは自動的に左手の方に転がり出て来ます。それを左手はフィンガーパ―ムに保持します。<写真33>
写真32 |
写真33 |
20.最後に右手でコーンの底の部分をしっかりさせる動作を行います。<写真34>
写真34
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21.コーンを左手に持ち、「ではよくご覧ください。」と言い、右手でパチンと指を鳴らし「ワン、ツー、スリー!」と唱えます。
22.そうしたら、コーンを一旦右手に取って示します。<写真35>次に、コーンを再び左手に戻しますが、このときコインがコーンの手前に来るように仕向ける必要があります。そのためのコツは<写真35>の場面で、左手拇指でコインの左端を掌の方に押しつけることです。その動作によりコインの右側と左手の指との間に隙間ができます。そこでその隙間に右手のコーンを差し込むようにすればこの動作がスムーズにできます。
写真35
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23.右手で底の折り曲げたところを伸ばす動作を行います。<写真36>
写真36
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24.コーンとコインを右手で保持し、左手でコーンの左側の割れ目に指を差し込み、ただちに、コーンとコインを左手に委ねて、右手で1の層を右に広げます。<写真37>
写真37
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25.右手を広げ、その四指の爪で紙の右角を手前から向こうに叩くようにして紙を伸ばす風を装います。<写真38>
写真38
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26.次に左手拇指が確保していたコインを右手拇指に委ねます。いわば、コーンの裏でコインを密かに左手から右手にパスする作戦です。<写真39>
写真39
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27.ここまで来たら、左手で2の層を左に広げます。ここで観客は初めてコインが消滅したと感じます。そこで、左手四指の爪で紙の左角を叩く動作をします。<写真40>
写真40
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28.ここで両手に紙を持って広げた状態をよく見せます。この動作のタイミングで紙の裏にあるコインを右手から左手にパスします。そのコツですが、両手で紙を曲げてコインが通る道を確保し、その溝に沿ってコインが転がるように仕向けます。<写真41>
写真41
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29.その結果、コインは左拇指で保持されます。<写真42>コインと紙を左手で持ち、右手を放し、「コインが消えてしまいました。」と言います。<写真43>
写真42 |
写真43 |
30.ここからは消えたコインを再登場させる場面ですが、それがソナタの2の変奏部にあたります。
31.紙の折れ目に沿って、右2/3の部分を向こう側に折りこみます。<写真44>
写真44
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32.そして折れ目を右手で持ち、左手で紙を持ち直しつつその拇指でコインを操作してそれを紙の折れ目に押し込んでしまい、それを右拇指で保持します。<写真45>
写真45
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33.コインが完全に折り目の中に隠れて見えなくなったことを確認したら、両手を下げて、紙の手前だった面を観客によく見えるようにして、右手でコインを押さえたまま、左手で左側1/3を右に折ります。<写真46>この動作でコインはコーンの中に完全に収まります。
写真46
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34.コーンを再び垂直にして左右に裏返します。<写真47>
写真47
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35.コーンの下を折り返して底を作ります。<写真48>
写真48
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36.「それでは消えたコインを復元いたしましょう。」と言い、「ワン、ツー、スリー!」と唱えつつ右手で指を鳴らします。
37.コーンを右手に持ち、左手でお皿を取りあげ、コ―ンの口が観客の方を向くように構えて、右拇指の握りを緩めると、コインが中から滑りでてきて、お皿にチャリンと落ちます。これを見て観客はコインが再登場したことを知ります。<写真49>
写真49
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38.いよいよソナタの1’’の終曲部ですが、ここで観客にお土産を用意し、演技のクライマックスとするのですが、同時にコインは再び跡形もなく消えてしまったという余韻を残す作戦です。「それでは最後に、お客様にお土産を用意したいと思います。」と言います。ここからの動作については新たな解説は要らないと思います。というのは、行う動作が16項から19項までの繰り返しだからです。
39.第19項のところまで来たら、コーンを左手に持ち、「お土産を入れるのにコインは邪魔ですから、コインは消してしまいましょう。」といい、右手で指を鳴らし、「ワン―、ツー、スリー!」と唱えます。
40.コーンを右手で持ち、コインを隠し持っている左手の指を使ってコーンの口を広げておき、右手でコーンの中が観客に見えるようにします。そうしたら、左手を上着の左ポケットに入れます。そして、コインをそこに残して、その手で用意してあった飴を少量取り出してきて、掌を上に向けてそれを観客に示してみせます。それからそれを右手のコーンの中に入れます。
41.そして、もう一度左手を左ポケットに入れて飴を持てるだけ持って来て、それをコーンに加えます。入りきれないときは、余りをテーブルに置きます。
42.「それではお客様の代表として一番前のお客様にこのお土産をプレゼントいたします。中身は周りの席の方々にお配りになって結構ですが、紙のコーンはご自分でお持ち帰りください。おうちで上手におまじないをかけると二銭銅貨が出て来るかもしれませんので、それをどうか大切にしてください。」といい、最前列の適当な観客に飴の入ったコーンをそのまま手渡します。舞台の立ち位置に戻ったら正面に一礼して演技を終えます。
【注記】
天海師はコインを消して、それを再現する小品奇術としてこれをよく演じておられましたが、名古屋で師からそれを習われたことのある大矢定義氏はこれを活用してアルミ製の灰皿コインが貫通する芸に仕上げておられます。一口でいうと、消滅させたコインと同じコインを灰皿の底にワックスで貼っておくという作戦を用います。コーンでコインを消したらそのコーンを灰皿に置いて火をつけて燃やしてしまうと、その熱でワックスが溶けて、コインが下のグラスにチャリンと落ちるという現象に仕上げておられます。天海師自身がそのような演出をされたかどうかは定かでないが、コーンでコインを消した後に、ライターを取り出してコーンに火をつけて燃やしてしまうという演出はしばしばやっておられました。この場合はパームしたコインを、ライターを取り出すときポケットに処分する作戦でした。
ちなみに円錐を英語でコーンと呼びますが、コーンというとそれは“corn”(トウモロコシ)に聞こえます。円錐は“cone”であり、「コウン」と発音してそれを区別するのが好ましいのです。ポップコーンをこの容器に入れると「Corns in the Cone」ということになりますが、上記の演技で飴の代わりにポップコーンを使うのはよくないと気づきました。口に入れるものを裸でポケットに入れるのはエチケット違反だからです。したがって金平糖やドロップも同じ理由で失格となりました。