氣賀康夫

翼のある銀貨
(Silver With Wings)


<解説>

 コイン奇術に「4枚のコインを用い、一方の手、例えば右手にそれを握ると不思議なことに1枚のコインが左手に移動し、それをさらに三回繰り返すと最後にはコイン4枚全部が左手に移ってしまう。」というプロットがあります。
 広い意味ではグラスやカップを補助的に使うバーノンのカンガルーコインズや筆者のホーミングコインズもその範疇に属しますが、素手(ベアハンド)でそれを実現する芸を一般に「Coins Across」と呼んでいます。
 この狭義のコインズアクロスは誠に直接的な芸であり、やさしい奇術ではありません。それを合理的に演出する手法の一つにエクストラコインを使うという作戦があり、ボボのトラベリングセンタボズや筆者の「飛行する鷲」がその例です。
 現代コイン奇術研究家として知られるデービッド・ロスが「Winged Silver」と題する作品を発表していますが、これは素手で演ずる優れた手順として注目されています。
 この手順の優れたところはボボがUtility Switchと呼んだ巧妙な手法の活用であり、このテクニックをロスはShuttle Passと呼んでいます。手順が巧みに構成されており、エクストラコインの気配がよくカモフラ―ジュされています。
 筆者はその第三段までは大傑作であると高く評価しますが、第四段で最後のコインが上手く処理できません。絵画作品に例えると、「画量点睛を欠く」というのでしょう。なぜかというと、三回にわたって素晴らしい仕事をしたUtility Switchが4回目には同じように活躍できないからなのです。
 ここに提案する手順はその点を解決する工夫を加えてあります。ご研究ください。

<効果>

連続写真でご説明しましょう。

写真1
ポケットからコインを取り出すと
写真2
4枚ある

写真3
4枚を右手に取る
写真4
両手を握ると

写真5
左手に1枚が移動する
写真6
右手に3枚を持つ

写真7
両手を握ると
写真8
左に2枚登場する

写真9
両手で2枚を示す
写真10
両手を握ると

写真11
左手が3枚になる
写真12
最後の一枚を示す

写真13
最後の1枚を左手で握ると
写真14
消えてしまい

写真15
テーブルに4枚登場する
写真16
4枚を確認し

写真17
ポケットに戻す

<要具>

コイン5枚を使います。アメリカのハーフダラー(50セント銀貨)が適当と思います。

<準備>

コイン5枚は上着の左ポケットに用意します。

<方法>

<プロローグ>

1.術者は左手を上着の左ポケットに入れ、コイン5枚を束にして指先に持ち、ポケットから手を出してきます。

2.左手を5枚のコインの束をテーブルのやや左より(左腕の位置あたり)に置きます。ただし、置く瞬間に上の4枚をそっと1㎝くらい向こう(観客に近い方)へ押し出しておきます。

3.ここで直ちに両手の掌を上に向けて、手を広げ、観客に示します。このときの手の位置ですが、左手が丁度コインのやや向こうになるあたりが理想です。
すると観客から見てコインが手の陰になる理屈ですが、コインを隠しているわけではないので、それがチラチラと見えています。<写真18>

写真18

4.直ちに左手の指でテーブルのコイン5枚を束にして取りあげ、そのままコインを右手に投じます。ただし、実は左拇指でコインを一枚押さえこみコインが4枚だけ右手に入るようにします。

5.右手は指の上にコインを受けて、一瞬握りますが、直ちに掌を開き、そのまま指を左に傾けて右に引き、コインがテーブルの上で左右一列に並ぶように仕向けます。<写真19>

写真19

6.続けて、左右の手の指を使って、並んでいる4枚のコインを次々に裏返します。この動作は左右の手が空であるという印象を強化します。

7.ここで左右の手をコインの外側にそっと休ませます。このとき右手は空ですが、左手はコインを1枚隠し持っていますから、それをフィンガーパ―ムに持ちます。そうすれば、左右対称に両手を構えることができるでしょう。<写真20>

写真20
両手リラックス

<第一段:>

8.さて、まず、右手でテーブルの4枚のコインを一枚ずつ拾いあげて、それを掌にのせて観客に良く見せます。<写真21>

写真21

9.次に右手を握り、拳にしますが、そのときに4枚のうちの1枚を密かにサムパ―ムにしておきます。

10.左右の手を拳にして、左右に並べます。ここでコインが飛行させるためのジェスチャーを決めておきましょう。それは左右同時に、拳をやや緩め、然る後にその拳をギュッと握り占める動作です。

11.ここでコインの飛行を演出します。それは両手を「ハ」の字状に構えておいて、手を軽く広げる動作が基本です。ただし、ここでは左を一瞬早く開き1枚のコインを登場させ、それから右を開いてコイン3枚を登場させるという要領です。<写真22>
この動作で、左手には何ら問題がありません。注意が必要なのは右手であり、術者の左側に観客が座している状況では、右手の角度に注意してサムパ―ムのコインが見えないように配慮するか、それさえ難しい場合にはいっそのこと掌を真下に向けて両手を開くという作戦が考えられます。<写真23>

写真22
両手は「ハの字」を画く
写真23
角度に強い別案

12.直ちに、右手でテーブルの左側の1枚のコインを拾いに行きますが、その右手の移動の間に、サムパ―ムをフィンガーパ―ムに切り替えることが肝要です。

13.右手の拇指と食指で左のコインを拾いあげて、一旦それを左手の指の上に乗せます。<写真24>

写真24

14.ここから、左手と右手を同時に時計方向に180度回転させますが、そのとき正に左手と右手が役割を交換し、左手はコインをフィンガーパームし、右手はフィンガーパームしていたコインを指先で観客に示します。この動作がUtility Switchの標準的パターンです。<写真25>

写真25
Utility Switch

15.右手が持っているコインを空中に放り、それを同じ手で受け取ります。投げる高さは10~15㎝で十分です。

16.次に左手の拇指と食指で右手のコインを摘まみあげます。
実際にはその手はもう一枚コインをフィンガーパームしています。<写真26>

写真26

17.さて、ここで休んでいた右手でテーブルの右側にあるコイン3枚を一枚ずつ拾いあげ、それを掌の上にして観客に示します。<写真27>

写真27

18.そして右手を握り拳にしますが、そのとき3枚のうち1枚を密かにサムパ―ムにします。

19.続けて左手を握り拳にしますが、このときの注意事項は左手の中で2枚のコインがぶつかって音を立てることがないようにという配慮です。言い換えると、左手は2枚のコインが接触しないように注意します。

<第二段>

20.左右の拳が左右対称になるように構え、拳をやや緩めてからきつく握るという演出をしましょう。

21.左右の手を「ハの字」に構え、手を開くところは第一段に準じます。このときも手を開く順は左が一瞬先で、次が右手という順がいいと思います。<写真28>

写真28

22.右手でテーブルの左のコインの1枚を拾います。そのためにも右手は密かにサムパ―ムしていたコインをフィンガーパームに切り替えることが大切です。そして右手はコインを左手の指の上に置きます。

23.右手で次のコインを拾いあげ、左手のコインに加えます。左手は指に乗っている2枚のコインを観客に示します。<写真29>

写真29

24.次の動作も第一段の動作に似ています。
左手、右手を同時に時計方向に180度回転させまずが、このときは左手の拇指が2枚のうち1枚を抑え込む必要があります。その結果、右手に手渡された1枚が右手にフィンガーパームしていた1枚と一緒になり、合計2枚になるのです。これが典型的なUtility Switchです。<写真30>

写真30
Utility Switch

25.右手は2枚のコインを一旦テーブルに落とします。

26.ここで左手は拇指と食指でその2枚を摘まみあげます。ただし、フィンガーパームにもう1枚が隠されています。

27.次に右手の拇指と食指で右側のコイン2枚を拾いあげます。ここで左右の手を観客に良く見せます。外見は左右対称になりますが、実際には左手にコインがもう1枚隠されています。<写真31>

写真31

28.ここから左右の手を同じように握り拳にするのですが、実は左右は違うことをします。左手は2枚と見せてコインを3枚握ることになります。
一方、右手は2枚のうち1枚を密かにクラシックパームにします。

<第三段>

29.ここで左右の拳の握りを緩めてからきつく握るジェスチャーをします。次の動作は第一段、第二段と違い、両手の指先を下向きにして手を開くことです。このときはタイミング的に右手が一瞬は早く、続けて左手という順が妥当です。だいたい左右の指先がテーブルから3㎝くらい離れているくらいが丁度いいと思います。<写真32>

写真32
両指先はテーブルから3㎝位離れている

30.ここで、右手の指先でテーブルの左側にある3枚のコインの1枚を拾いあげて、左手に放ります。そのときの手の移動にあわせて右手のクラシックパームの1枚はフィンガーパームに切り替えておきます。左手はコインを受取ったら握って拳にします。

31.続けて右手の拇指と食指で第二のコインを拾いあげて、それを左手に放り込みますが、実はこの動作のとき右手のフィンガ―パ―ムのコインも一緒に左手に放り込みます。左手はコインを受取るときだけ開き、コインを受取ったら直ちに握ります。

32.最後の第三のコインは堂々と右手に持って左手に放ることができるでしょう。

33.ここで左手は4枚のコインを持っています。そこで、左手はそれを束にしたままテーブルの中央のやや左寄りに置きます。置いたら間髪を入れず、その手の掌を上に向けて構えます。その位置はコインの少し向こう(観客より)です。<写真33>

写真33

<第四段>

34.右手の拇指と中指でテーブルの右のコインを摘まみあげます。そして観客に示してから掌を上に向けている左手に手渡す動作をしますが、実際にはここでFake Pass(リテンションバニッシュでよい)の技法を活用して、コインは右手に隠し持つようにします。左手はコインを受取った動作で握ります。<写真34>

写真34
Fake Pass

35.左手を開きコインが消えたことを表現します。

36.左手をテーブルの上の4枚のコインにかけて、指で4枚のコインの束を左方向にさっと引き、4枚が左右一列になるように仕向けます。そして左手の掌を上向きにしてその手が空であることを示します。<写真35>

写真35
左指で広げる

37.テーブルの一番右のコインを拇指と中指で摘まみあげて、それを左手に放ります。左手はコインを受けたら手を握り拳にします。次に右手が同じ動作で第二のコインを拾い、コインを左手に放るところは最初の1枚と同じですが、このときには、指先の1枚と密かにフィンガーパ―ムに保持した1枚を一緒に左手に投じます。<写真36>
左手はコインを受ける瞬間は手を開き、コインを受けたらすぐ握って拳にします。コインはあと2枚ありますが、ここからは同じ動作でコインを左手に放ります。

写真36
左手

38.4枚が左手に放られたところで、右手の掌を上に向けて、その裏側の甲でテーブルを2回左から右に掃うようにします。<写真37>
それはテーブルの汚れを取る常用の行動に見えますが、術者の狙いは右手が空であることを間接的に示すことです。

写真37
テーブルをはらう

39.左手は持っているコイン5枚を重ねて束にして指先近くに持ちます。それを、ことさらに観客に見せる必要はありませんが、そのまま手を上着の左ポケットに入れてコインを全部そこに残して手を出してきます。これで演技終了です。

写真38

第12回                 第14回